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シリアルキラー・龍ヶ淵光恒の過去を追い始めた麟之助と明美親子。
かつての上司の証言から、シリアルキラーの傲慢な性格を垣間見た二人が次に赴くのは、光恒の兄のもとだった。
たしたちは次に清澄白川へ向かい、龍ヶ淵光恒の兄・光宗に会った。光宗は弟の事件を受けて、検察庁に進退伺を出し、自宅謹慎中だという。
自宅マンションで迎えてくれた光宗の目元には疲れが浮かんでいた。
リビングに通され、何気なく周りを見回す。テレビ横の本棚には、世界各地の神話を収めた本が目立つ。キッチンの食器棚には、子ども用のマグカップが一つある。家族は出かけているのだろうか。
「妻と息子は妻の実家にいます。あんな事件が起きてしまったので。弟が犯人だという報道が出てしまえば、迷惑がかかってしまいますから」
光宗が力ない声で話す。わたしが視線を走らせていることに気付いたのだろう。
「弟のことについて聞きたいということでしたね。協力できることでしたら、なんでも。ただ、警察の事情聴取でも言ったのですが、僕は弟について正直よく分からないことが多く、お力になれるかどうか」
「といいますと?」
「弟が龍ヶ淵家に来たのは、僕が高校進学を控えた直前だったんです。高校は千葉の全寮制で、家に戻ることも少なかった。卒業後はそのまま一人暮らしを始めたので、弟とはそこまで接点がないんです」
光宗はテーブルに視線を落として言う。
「龍ヶ淵家に来た? 生まれたではなく?」
「文字通りの意味です。僕らは腹違いの兄弟なんです。僕の母は、僕が小学校に上がる少し前に亡くなりました。何年か経って、父が赤ん坊を突然連れて帰ってきました。弟はおそらく父の恋人が産んだ子でしょう。わたしはその子の出自を尋ねもしなかった」
思わず口角が上がりそうになる。光恒の母親は不明。それが乙音でないと誰が言える?
父はといえば、兄弟の出生についてまるで興味を示さず、次の話題に移った。
「高校入学を機にご実家を出たと言っても、帰省時にお話などされていたのでは?」
「盆と正月くらいは戻っていました。何とか打ち解けようと頑張ってはみたのですが、如何せん彼がこちらに興味を持っていなくて。そのまま、没交渉になってしまいました。父の言うことには従順でしたがね」
「・・・懐いていたということですか?」
「というよりは、恐怖ではないかと。当時の家政婦さんから聞いた話ですが、学校から帰ってきた光恒を、父は勉強部屋に押し込め、そこで二人きりで夜まで勉強していたそうです。
時々、父の怒声が響いていたと。それを聞いて、僕は親戚筋に弟を引き取ってもらえないかお願いをしました。親戚たちも父を説得してくれましたが、聞く耳を持たずでしてね。何より、弟が家を出ることを拒んでいました」
そう言って、光宗は本棚の方に目を向けた。
「父は、サトゥルヌスのような人間だと時折思うことがあります」
目を丸くした父が聞き返す。
「サヌト・・・?」
「サトゥルヌス。ローマ神話の神です。自分の子にいずれ殺される予言を恐れて、子を食らってしまう伝承があるんです。ある意味で父はまさにサトゥルヌスでした」
「何故ですか?」
「僕は子どものころから、父に『お前は検察官になれ』と言われ続けてきました。親戚によると、どうやら父も当初は検察官志望だったそうです。
ところが、面接で落とされてしまった。龍ヶ淵家始まって以来の出来事に、祖父は烈火のごとく怒り、危うく勘当されかけた。祖母はなだめ、自分が家を出るという形で収めたそうです」
「・・・なぜ、おばあさまが家を出ることに?」
「祖父曰く、母親の育て方が悪いから検察官になれなかったのだと」
光宗は父の目をまっすぐに見据えた。
「これだけでも、あの一族がどれだけおかしいか、お分かりでしょう? まぁ、反抗できなかった僕には怒る資格すらありません。話が逸れましたが、父はある種のコンプレックスでもって、僕を検察官の道に進ませたかった。
そこへ光恒が産まれた。弁護士の父に検察官の僕、そして裁判官の弟。親子で法曹三職を占めれば、龍ヶ淵の家名は高まる。それが父の野望でした。
父は、僕たち子供の将来を‘喰らう’ことで、家長としての威厳を保とうとしたのではないか、と思うんです。・・・僕はこれ以上巻き込まれたくなくて、あの家を避けました。
尻尾を巻かなければ、弟はそもそも罪を犯すことはなかったのではないか。昨日からずっとそのことを考え続けていますよ」
光宗はそれきり黙り込んでしまった。
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