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解決編③

若き天才をシリアルキラーへと変貌させたのはーー。

 すっかりと凍りついた龍ヶ淵邸の応接間の沈黙を破ったのは、またしても父だった。


 「光恒さんに嘘を教えたのは誰なのか・・・。それは龍ヶ淵光平さん、あなただ」


 「馬鹿馬鹿しい」

 光平は、父に顔を向けることもなく、光恒と同じ一言を言い捨てた。


 父はゆっくりと対面のソファに腰を下ろした。


 「そうでしょうか。少なくとも乙音さんを殺害するまで、光恒さんにとっての判断基準は、あなたがすべてでした。あなたが白と言えば黒も白になる。あなたが母親だと言えば、乙音も母親となります」


 父がそう迫っても、光平は意に介した様子もなかった。父は話を続ける。


「何故、あなたは川登乙音が母親などという嘘をついたのか。龍ヶ淵家を法曹の頂点に立たせるという、あなたの生涯の大事業を彼女が脅かしたからだ。彼女はあなたをゆすった。どういうネタでゆすろうとしたのか。何故あなたを脅迫する必要があったのか。二つ目の質問の答えは簡単です。そうだな、明美?」


 父からの不意な呼びかけが、昨日の喫茶店での聞き込みをわたしに思い出させた。



 乙音には誰かを脅迫する動機があった。彼女の人生で最も大切なものを守るために。



 「彼女のスナックは経営が傾いていた。立て直すには、金が必要だった」


 わたしが答えると、父は頷いた。


 「あなたをゆするネタは、光恒さんです」


 「そんな女は知らんが、光恒が私生児だと脅そうというのなら、その程度では・・・」


 「痛くも痒くもないでしょう。あなたは全日弁の会長だ。いくらでも揉み消す手段はお持ちのはず。しかし、それでも簡単には揉み消せないことがある。・・・殺人です」


 父はそこで言葉を切った。すると、初めて光平は父の顔を凝視した。肘掛けを握る左手の甲に、血管が浮かんでいる。


 黙ったままの光平に、父は話を続けた。


 「川登乙音は、あなたの犯した殺人に近付きすぎた。見抜いていたのか、あるいはただ金になりそうな匂いを嗅ぎつけただけだったのかは分かりませんがね」


 「ちょっと待ってください! 父が誰を殺したっていうんですか?」


 再び、光宗が父に問い質す。


 「光恒さんの実の母親です」


 父の言葉は、部屋中の空気を凍り付かせた。


 「あなたは二十三年前、光恒さんを産んだスドウミライという女性を殺害した。その女性と光恒さんのDNA鑑定を行った結果、九九・八パーセントの確率で母子だという結果が出ました」


 「スドウミライ・・・」


 わたしの呟きに、一課長が答えた。


 「この事件の被害者だよ」


 彼は鞄からタブレット端末を取り出すと、一、二度スワイプした。わたしと棉良刑事が覗き込む。


 わたしは息をのんだ――。


 そこには、半年前に世間の注目を集めた事件 ――奥多摩の山中で発見された白骨事件―― で発見された被害者女性の写真が映し出されていた。


 彼女の顔は、光恒にそっくりだった。


 「川登乙音と須藤未来には、共通点がありました。銀座のスナックです。二人とも同じ時期に、同じ店に勤めていました。まぁ、これを知ったのは全くの偶然ですが」


 「どういうことですか?」


 光宗が訝しげに父に問うた。すると、父はわたしを手で指し示した。


 「今回アシスタントを買って出てくれた彼女は、乙音さんこそが光恒さんの母だとずっと唱えていました。彼女が子どもを産んだ時期と光恒さんが産まれた時期は一致しており、乙音さんは銀座のスナックで働いていた。

 光平さん曰く、光恒さんの母は銀座のスナックで働いていたそうです。状況証拠だけ見れば、信憑性はある。しかし、私はこの説に懐疑的でした。なにせ、肯定も否定もできる材料がありませんでしたから。そこで、私は昨日、銀座で聞き込みを始めたんです。川登乙音の過去を知るために」


 そうか。乙音について知りたければ、故郷だけでなく、銀座にも行くべきだったのだ。


 わたしが自らの着眼点の浅さを恥じていると、父は話を再開した。


 「昨日一日、警視庁の刑事たちと協力し、二十三年前の銀座をよく知っている人間を洗い出し、話を聞きに行きました。幸運なことに、ある高級クラブで乙音さんの話を聞くことができましたよ。その店のママは、彼女をよく覚えていました。何でも上客と深い仲になり、その子を産んだが取り上げられたと。店にとっては評判に傷がつく一大事だ。覚えていて当然でしょうな。

 父親の詳細は聞けませんでしたが、弁護士ではなかったそうです。それで話は終わるはずだったのですが、ママの話が妙な方向に行きましてね。何と同じ時期に他のキャストも客との子を妊娠した、と。

 そのキャストの名前が須藤未来だと知った刑事が慌てふためいたんです。何事かと聞いてみると、奥多摩の事件の被害者だと言うではありませんか。私は、科捜研に二つのDNA鑑定を頼みました。光恒さんと乙音さんの親子鑑定。そして、光恒さんと白骨遺体の親子鑑定です。そして、後者が親子だという結論が出た」


 父はそう言うと、上体を光平に向けてぐっと近寄らせた。


 「乙音さんと未来さんは似たような状況にいたからか、仲が良かったそうですよ。もっとも二人ともすぐに店を追い出されたそうですがね。その後、すぐに未来さんはアパートを引き払い、乙音さんも故郷に帰った。まさか乙音さんも未来さんが殺されていたとは思わなかったでしょう。

 それから二十数年、乙音さんが光恒さんの記事を読んだことで、乙音さんが何か勘ぐったとしても無理はない。未来さんと光恒さんはどこか似ていますからね。最初は、未来さんの近況を聞こうとしただけかもしれませんが。彼女はあなたに接触した。あなたは、秘密に近付きすぎた彼女を殺害しようとしたが、迂闊に動けない。そこで、光恒さんに白羽の矢を立てた。あなたは、川登乙音が母親であるという嘘を光恒さんに吹き込み、彼女が龍ヶ淵家を苦境に立たせようとしているから殺す必要がある、とでも言って凶器まで渡した。

 その凶器とは、かつてあなたが作らせた日本刀‘光縣’の脇差です。埼玉県警の分析によれば、小刀が凶器ということですから、条件には当てはまります。この屋敷にあるであろう‘光縣’の脇差と、埼玉の事件の凶器を照合すればすぐにわかるはずです」


 だから光平は‘光縣’のことを父に黙っていたのか。


 息子の事件を調べている人間に見せて、もしも二十三年前の事件との繋がりに気付かれてしまえば、すべてが水の泡となる。


 父を真正面に見据え、歯を食いしばるばかりだった光平がようやく口を開いた。


 「探偵気取りもいい加減にしろよ、この老いぼれが・・・」


 実の息子に向けた以上の憎しみが応接間に鳴動する。


暴かれた龍ヶ淵家当主・光平の罪。

男はなぜ息子にも罪を犯させたのか?

次回、最終回。

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