12
冷酷な目を向けて、光平は次男を顎でしゃくった。
「凶器が‘光縣’と一致したところで、それはあれが犯行を行った証拠だ。わたしが須藤という女を殺した証拠にはならん・・・」
その時、スマホの着信音が部屋に響いた。音は、棉良刑事の内ポケットからだった。
断りを入れ、部屋の隅へ移動して電話に出る棉良刑事が何度か頷き、父を凝視する。
通話を終えると、父と一課長を交互に見ながら報告した。
「うちの科捜研からでした。奥多摩の白骨遺体に遺されていた傷と川登乙音の刺し傷から割り出した凶器の形状が一致した、と」
父はその報告を聞くと、にんまりと笑い、光平に向き合った。
「つまり、あとは脇差だけとなりますね。二つの事件の凶器と脇差が一致すれば、ほぼ犯人は限られる。刀というものは、どれも同じに見えて微妙に違いが出てきます。いうなれば、どの刀も世界に一振りです。・・・まさか二十三年前の殺人まで、光恒さんのせいにはできません。その頃の彼は赤ん坊なんですから」
光平は首を背もたれに預け、天を見上げる姿勢になった。
観念したかのように首を振り、突如として一人語りを始めた。
「・・・あれと知り合った頃、私は妻を亡くした独り者だった。あれと身体の関係になるのに、何の障害もなかった。向こうも割り切っていたしな。だが、しばらくしてあれに子どもができた。私との間にできた子どもだ。あれは臆面もなく言ったよ。結婚などは考えていない、この子は一人で育てると。
しかし、私の中で火が付いた。こちらもあんな水商売の女との結婚は考えちゃいなかった。だが、子どもは別だ。あれの子がものになれば、裁判官にすればいい。
親子三人で法曹三職を占めるという、わが一族の誰も達成しえなかった偉業を果たすためにな。そう考えると、夜も眠れないほどに興奮した」
喋るほどに、光平は恍惚とした表情になっていた。
「やがて、子が産まれた。男の子だ。何日かして、あれが赤ん坊を連れて、産婦人科から家に帰ったと聞いた。その日は、‘光縣’を受け取る日だった。私は刀匠から‘光縣’をもらったその足で、あれの家に向かった。赤ん坊を譲れと言った。あれは何故か怒り狂い、手が付けられなかった。私を殺そうとした。
だが、その日の私には、脇差があった。私はあれの手を捻り、腹を刺した。気付いた時には、あれは死んでいたよ。私はあれを奥多摩の山に埋め、赤ん坊と一緒にこの屋敷に帰ってきた」
わたしは、思わず口走った。
「さっきから聞いていれば、あれ、あれって。他人を馬鹿にするのもいい加減にしなさいよ。 須藤未来って名前があるのよ! 大体、あんた、子どもを、母親をなんだと思ってるのよ!」
「母親! はっ、母など害悪だ。私は母親のせいで、人生が狂った!」
一人の子どもの母親であり、そして何よりも自分の母を思い浮かべたわたしに、言うべきでない言葉をこの男は吐いた。
足を一歩前に踏み出す。
その時、父が、わたしと光平の間に立って、彼を見下ろした。
「母から奪い取った子は、あなたの予想を上回るほど優秀だった。ですが、あなたは素直に喜べなかったのではないですか? かつて、あなたは検察官を志して敗れた。あなたにとっては、生涯の挫折だ。光恒さんとご自分を比較して、劣等感にさいなまれたのではないですか?
そう考えれば、辻褄が合うんですよ。何故、あなたが光恒さんに川登乙音を殺させたのか。あなたは、この青年の破滅を願ったんです。一族の名誉? そんなもの、あなたにとっては、もうどうでも良かった。あなたはただ自身のエゴだけで、彼を犯罪者の道に引きずり込んだ。
本来ならば、何に代えても守らなければならない自分の息子に嫉妬し、あろうことか一生消えることのない罪を背負わせた!
貴様は父親失格なんかじゃない! 人間失格だ!」
父が肩を震わせる。すると光平が顔中に笑みを広げて、光恒を見た。その目には慈愛が溢れていた。そして、しわがれた囁き声で、彼に話しかけた。
「光恒。最後の最後によくやってくれたなぁ。これで、お父さんもすっきりできたよ」
駄目だ。この男は完全に狂っている。
わたしはすっと後ろに下がった。この不気味な化け物から少しでも離れていたかった。
わたしは光恒を見た。
憎むべき母親だと殺した女性は赤の他人で、当の母親はとっくの昔に実の父親に殺されていた青年。
いまはどんな顔をしているのか。
――彼の表情を見たわたしは、込み上げてくる胃の中身を飲み込まなければいけなかった。
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やがて、光平と光恒の親子は警察に連行された。龍ヶ淵邸には刑事らが大挙して押しかけ、父とわたしは屋敷の庭先でその様子を眺めていた。
「何を考えている。光恒の表情が頭から離れないか?」
隣に立つ父が、わたしの顔を見ずに聞いてきた。
「・・・え?」
「最後に彼を見てから、お前ときたら茫然自失そのものだからな」
そう、父の言う通りだった。
あの時、龍ヶ淵光恒は、満面の笑みを浮かべていたのだ。
父親に騙され、何の関係もない女性を殺したというのに。
それでも、父親に認められることが彼にとって絶対なのだろうか。
わたしには理解できなかった。
「父さんは、彼の笑顔の意味が分かるの?」
「あぁ。ヒントをくれたのはお前だ。今にして思えば、この捜査は最初から最後まで、ほとんどお前の見立て通りだったな」
「光恒と乙音の関係は見誤ったわ」
「それは仕方がない。銀座に行くまで、俺も分からなかった」
「慰めは結構よ。それより、わたしがいつ何のヒントを出したの?」
「ふむ。母さんの死に目に会わなかった俺に、お前が言った『二度、当てつけた』という言葉だよ。光恒も父親に当てつけたんじゃないかと思ってな。光恒は、任官からしばらくはまともに仕事をこなしていた。白石判事は途中から光恒の様子がおかしくなったといったが、恐らくそれは乙音を殺害した後だろう。
では、何故おかしくなったのか。それまでずっと恨んでいた‘母親’をこの世から消した後、次は父に恨みの矛先が向くとは考えすぎか?」
「『何故自分はこの女を殺したのか。父に言われたからだ。僕はいつも父の言いなりだった。一体いつまで。いい加減にしろ』そんな自問自答に囚われてもおかしくはない、ってこと?」
「そうして考えた父への復讐は、法の番人を気取って人を殺し続けること。自らの罪が明るみになった時、法曹の名家、龍ヶ淵家の栄光は潰える」
「でもまさかそんな理由で」
淡々とした父の推論はもっともらしく聞こえるが、わたしには到底理解できなかった。
「光恒は長年に渡り、光平から個人教育を受けていた。その過程で、父が龍ヶ淵の家名に執着していると気付いたならば、この復讐は理にかなっている。・・・だが、これはあくまで俺の推測に過ぎん」
その時、不自然なほど唐突に、光宗の言葉が脳裏によみがえった。
『サトゥルヌス。ローマ神話の神です。自分の子にいずれ殺される予言を恐れて、子を食らってしまう伝承があるんです。ある意味で父はまさにサトゥルヌスでした』
――だが果たして、子はただ喰らわれるばかりだったのだろうか。
これにて完結となります。
二組の親子の形が示す人間の在り方。
あなたは『龍ヶ淵光平』を”所詮、フィクションの存在だ”と言い切ることができますか?
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