03 食事ではなく
2人の女子から好きだと言われ"どっちが好き?"とその場で問われるのは、男子には天国でもあり地獄でもある。
大人になった今ならその面倒さに溜め息をついただろう。
しかし14歳の私は、知らないが故の──新鮮な駆け引きへの好奇心にかられていた。
「2人が好きでいてくれているって、今突然分かったばかりだから……どっちかなんかとても決められない。だけど────」
女子2人を交互に見つめて言う。
「2人は僕のことどれくらい好きなの?」
「あたしは……!」
橋本爽子は いち早く口を開いた。
「あたしは去年から体育館で見ていた。目を惹くなぁ……って。女子バスケ部と男子バスケ部はコートが隣りだから。」
爽子に私がうなずくと、加々見舞も話し始めた。
「私は……今年クラスが一緒になってからだけど。ホラ、前期のクラスの副委員長が私と連くんだったでしょ?
運動会の準備でも討論会の用意でも……2人でやってていつも助けてもらってたから……。連くん、優しいなぁって思っちゃったの」
長めの制服の上着の袖から出る細い指を口に当てて、恥ずかしそうに舞は言う。だが視線はこちらにしっかりと送ってきた。
「そっか。ありがとう2人共」
──そこで、いつも追う側だった自分の中で 遊び心が疼いた。
「あとは? 好きだと何をしてもらえるのかな?」
と聞いてみる。
爽子は少し考えながら
「連くんが好きな音楽とか場所があったら一緒に楽しみたい。あたしと、ストリートバスケで1ON1やろうよ」
と答えた。デートに誘っているのだろう。
「私は……」
舞は目を細めて かすかに笑みを浮かべた。
「キスしてあげたい」
横にいた爽子が舞に振り向き、目を見開いて凝視している。
「……って言うか、キスできたらいいな──って言う私の妄想? 連くんが……大好きだから」
舞はやはりまた恥ずかしそうに言葉を発する──が、チラチラとこちらに目配せをしてくる。
「そんなことまで考えてくれてたんだね」
そう声をかけると、彼女は今度こそしっかりと私の方に視線を向けてきた。
ハタから見ると、自分と舞は見つめ合っていたのかもしれない────
座っていた橋本爽子が、その時いきなり立ち上がったのだ。
私と舞は少し驚いて橋本を見上げる。女子バスケットボール部のエースにもなっている彼女は、背が高くスタイルが良い。そんな彼女は言った。
「あたし、胸を見せてあげる」
自分も食欲ばかりではなく、オスとしての性欲は備わっている。中学生男子には刺激的な発言だった。
私は立ち上がって爽子と目を合わせて聞く。
「本当にいいの? そんなこと?」
「いいよ。あたしだって連くんが大好きだもの。好きな人になら、見せたって悪いことじゃないでしょ」
彼女はそう言ってブレザーの上着のボタンを外し、早々と足元に落とした。ブラウスのボタンを外す指はわずかに震えていた。──それでも、止まりはしなかった。
舞が言葉を失って座ったまま見つめている。
自分も女の子の身体への興味で目を奪われてはいたが、頭の中はどこか冷静だった。
引っかかっていた。"大好きだ""好きな人"と言っているわりには、香りが……弱い。
やがて爽子はキャミソールとブラジャーだけの上半身になり、キャミソールの肩紐も両脇に落とした。あとはブラジャーの…………
コンコン
とノックの音がして全員が息を飲む。
私は"父だ"と瞬時に気づいて、ドアに手をやる。
爽子は体に手を回しながらしゃがみこんだ。
「何?」
ドアを押さえながら私が聞くと 父は
「友達が来ているようだが、暗くなってきている。ひと言かけようと思ってね」
と言って──去って行った。
橋本爽子はブラウスと上着を抱きしめて動けないでいる。
「頑張ったよ、爽子。……帰ろう」
と舞が声をかけると、彼女は小さくうなずいた。
口を出す雰囲気ではなかったので黙っていたが、正直言って私は思っていた。
────"人間の女は何がしたいんだか分からない" と。
彼女達をバス停まで送り、バスを見送りした。
バスを待っている間に爽子は私に
「連くん、あたし今日バカなことしちゃった。ごめんなさい。…………お願い、恥ずかしいから誰にも言わないで」
と半泣きのような顔でうったえてきた。
ほとんど何を言っているか理解出来なかったが
「分かった」
と言って、泣きそうな彼女の腕をポンポン優しく叩いた。
バスに乗って爽子と舞は帰って行った。
私は橋本爽子の腕に触った自分の手を思わず見返していた。
うまそうな匂いも弱く、触れても癒しはわずかだ。
橋本爽子は──私に"恋心"はほとんど……なかった?
言葉や行動とは裏腹だった。
私は混乱しながら家に着いた。
靴を脱ぎながら、後ろに人の立つ気配を感じた。
「何?」
とドアの向こうの時と同じ口調で言う。
「お前のやっていることは食事ではない」
その言葉に振り返った。──父親に。
その人は言った。
「菓子を つまんでいる程度のものだ」




