白湯の湯気
(承前)
――2015年の暮れ。
昊天がシンガポール出張から帰国した夜。
妻はリビングにいた。
顔色がわずかに悪い。
「疲れているのか」
「少し」
それ以上聞かなかった。
聞きすぎるのは自分らしくない気がする。
すると妻はふらりと立ち上がり、
「ごめんなさい。すごく眠いから先に寝ます」
そそくさと寝室に消えた。
(なんだ……?)
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翌朝。
妻が少し遅く起きてきた。
それだけなのに、気になった。
コーヒーを淹れようとして、
「今日はいい」
と言われた。
(コーヒーが飲めないのか)
妻はカップに白湯をそそぎ、向かいに座った。
ふわりと湯気がたち、妻が軽く顔をしかめる。
「体調が悪いのか?」
「うん……」
沈黙。
医者に行くかと尋ねようとすると、妻がささやいた。
「……えっ」
思わず声がひっくり返る。
(待て)
(いつから)
(……あの橋梁視察のあとか)
(そうとしか)
(いや、今はそういうことじゃない)
(しかし)
(しかし、ってなんなんだ)
昊天はコーヒーカップを置いた。
妻はテーブルの向こうで、白湯のカップを両手で包んでいる。
視線を合わさない。
(かわいい)
(……そういうことじゃない)
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昊明が酒を注ぎながら言った。
「にしても兄さん、タイミングよすぎじゃね」
昊天は答えなかった。
「知ってたの?」
「知らなかった」
即答だった。
昊明はにやにやしている。
「ほんとに?」
「……知らなかった」
今度は少し間があった。
昊明は笑うのをやめ、グラスを口に運んだ。
「まあ、そうだよな」
一拍。
「よかったじゃん」
昊天はグラスを傾けたまま、何も言わなかった。
(よかったな、か)
それだけは、確かだった。
>>(……あの橋梁視察のあとか)
いつでも大切なものに手をのばすことができず、逃げ回っていた昊天さん。高速建設現場からの視察から戻ってきちんと妻に謝ったようです。
その成果がばっちり出ましたね笑
ちなみに80話近くなって、昊天さんが初めて自分でコーヒーを入れているし、はじめての「……えっ」でもあります。




