番外 欠けた月
(承前)
「……顔色、悪いですよ」
スクリーンをにらむ昊天の耳に、 唐突に、音が差し込む。
顔を上げる。
菲菲は画面をにらんだまま、こちらを見ていない。
―― 不自然な売買が続いている。
名義は割れているが、流れは一つだ。
「最終受益者」―― 。
そこに辿り着ければ。
断片は揃っている。だが、繋がらない。
「……問題ない」
「問題がある顔です」
間を置かない。
数秒だけ沈黙があって、彼女は端末を閉じた。
「戻ってください。一度」
命令ではない。 だが、残る理由もない。
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自宅のドアを開ける。
静かだ、と思う。
いつも通りに整っている。
温度も、光も、位置も。
(————違う)
人の気配が消えた家は、よそよそしい。
ネクタイを外したとき、やけに音が残った。
シャワーの記憶は曖昧だ。
温度は合っていたはずだし、手順も間違えていない。
ただ、何も残っていない。
寝室のベッドに入る。
目を閉じる。
身体だけが先に沈んで、意識が取り残される。
窓。
カーテンは開いていた。
都市の光の向こうに、月がある。
欠けている。
中途半端な形で、止まっている。
ふいに、しずかな横顔が思い浮かんだ。
————連絡。
浮かんで、すぐに形を失う。
実家にいるはずだ。
状況は、説明していない。
だが、
(……必要がない)
この状態で接触する意味を、 考えるまでもない。
彼女にとっても、合理的ではない。
(……契約だ)
条件が崩れれば、それまでだ。
そこに——
思考を切る。
月は、動かない。
こちらも、動かない。
どれくらい経ったのかは分からない。
目を閉じる。
(……明日でいい)
そう決める。
決めただけで、何も変わらない。
(……眠れない)
静けさだけが、残る。
月が、みていた。




