第4章(9)巡る季節
晩秋の陽射しは、やわらかい。
ペントハウスの扉を開けたのは小猫だった。
水蘭は小さな紙袋を提げていた。
「風邪っぽいと聞いたから。ぶどうのゼリーよ。こういうものなら食べやすいでしょう?」
「まあ、水蘭様。ありがとうございます」
玄関の奥は、静まり返っている。
「お加減は?」
小猫は少し声を落とした。
「ここ数日、微熱が続いていて……。胃が重いとおっしゃって、お食事もあまり。
眠気が強いようで、先ほどからお休みになっています」
水蘭は頷き、音を立てないよう廊下を進む。
居間の窓辺に、彼女はいた。
小春日和の光が、頬に落ちている。
穏やかな寝息。
その傍らに、刺しゅう枠。
紅い花が、ほぼ全面を埋めている。
丁寧な針目。
大きく、のびやかに。
水蘭は立ち止まった。
微熱。
眠気。
食欲不振。
視線が、そっと腹部へ落ちる。
まだ何も分からない。
だが、身体の記憶は、嘘をつかない。
「……それは」
小猫が不安げに顔を上げる。
「お医者様にかかったほうがいいかもしれないわね」
「え……?」
小猫の目が丸くなる。
水蘭は微笑んだ。
「でも、まだ昊天には内緒よ」
小猫は言葉を失う。
風が、薄いカーテンを揺らした。
眠る彼女は、何も知らない。
陽射しはあたたかく、
紅い花は静かに咲いている。
晩秋は、やがて冬になる。
けれどその先に、季節は巡る。
その子に、まだ名はない。
覇道総裁・李昊天の物語。本編はいったんここで一区切り。ただし、ストーリーは番外編でまだ少し続きます。よろしければどうぞお付き合いください。




