第4章(8)結論
屋敷の広間は静かだった。
長卓の向こうに、長老たち。
扉の前に昊明。
視線はすべて、昊天に集まっている。
「養子の件ですが」
誰かが口を開く。
「家の存続のためにも、早急に——」
昊天は遮らない。最後まで聞く。
一拍。
「養子は急ぎません」
声は低い。抑揚はない。
空気がわずかに変わる。
「跡継ぎ問題は、凍結します」
ざわめき。
「家のために、誰かを犠牲にすることは、本意ではありません」
昊明がわずかに息を止める。
長老の一人が言う。
「しかし、龍騰は——」
昊天はまっすぐに答える。
「龍騰は、李家のものではありません」
沈黙。
否定の声は出ない。出せない。
「創業は李家です。ですが現在は、社会の基盤です」
資料が静かに配られる。
「ネクサス事業には既に外部資本が入っています。
シンガポールのファンドが15%。持株比率も監査体制も公開済みです」
事実だけを述べる。
「私は、支配より透明性を選びます」
長老の眉が動く。
「血統は条件ではありません」
言葉を区切る。
「龍騰は、血統ではなく、機能で残る」
昊明の視線が上がる。
「経営体制はさらにプロ化します。
指名委員会を強化し、総裁の選任も外部評価を前提とする」
自分の椅子も例外ではない、という意味。
「役割は譲ることができます」
わずかに間を置く。
「名は、継げません」
その瞬間、何かがほどける。
怒りではない。
反抗でもなかった。
昊明の肩から、静かに力が抜けるのが見えた。
長老の一人がゆっくりと息を吐く。
「皆が安心できるなら、それでよい」
誰かが言う。
「任せよう」
昊天は頷く。
「……国梁も承天も、そう申すだろう」
それは書面より強い承認だった。
昊天は立ち上がる。
「若様」
呼び止める声。
昊天は振り返る。
「その呼び方は、不要です」
静かに、微笑む。
「私は経営者です」
それだけ言って、扉へ向かう。
――空であれと命じられた名。
――崩れるなと命じられた名。
だが、空はもう背負わない。
家を憎んだわけではない。
ただ、空であり続けることをやめただけだ。
扉が閉まる。
外の空は高い。
夏の力はない。
澄み切っている。
そして、どこまでも広い。




