第4章(5)ひび
ペントハウスの窓に、夜の光が格子を作る。
車の列は止まらない。
信号が変わり、また流れる。
昊天はグラスを傾け、氷の音を聞く。
その音だけが、時間を戻す。
李家の屋敷の廊下は、いつも同じ温度だった。
夏でも冬でも、冷たく、均一。
父が帰る日、屋敷は静止する。
使用人は気配を消す。
母はいつもより念入りに髪を結う。
「昊天。姿勢を正しなさい。」
怒ってはいない。
ただ、乱れは許されない。
父はいつも短く言った。
「勉強は」
「はい」
母は、いつも待っていた。
だが、父はほとんど帰らなかった。
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葬儀の夜。
屋敷は異様に整っている。
昊天は母の部屋に入る。
鏡台の上の櫛。
髪が一本、絡んでいる。
整髪料の甘い匂いが、薄く残っている。
昊天がそれを手に取った瞬間、
背後から声。
「もう片付けろ」
父だった。
父は、部屋を確認するように見渡した。
指に髪が絡む。
昊天は、櫛を戻す。
翌日、部屋から母の匂いが消えた。
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寝室の扉の向こうで、
かすかな音がする。
針が布を抜ける音。
止まる。
また、動く。
規則正しくはない。
少し、間がある。
窓に映る自分の顔。
あれからもう、30年近く経った。
寝室の扉は閉まっている。
(あの部屋のように、
何も残らない、ということだけは)
だが、
李家は、立ち止まることを許さない。




