第4章(4)近づきすぎた2人
数日後。
夜。
妻はソファで最近始めた刺しゅうをしている。
針の動きは静かで、迷いがない。
昊天は向かいに座り、その手元を見ている。
「あまり根を詰めるなよ」
「刺しゅうをしていると時間が溶けるみたいで、好きなの」
淡々とした声。
「屋敷でのことは、気にするな」
針が、止まる。
ほんの一拍。
「気にしないわけには、いかないでしょう」
穏やかだが、曖昧ではない。
「責められるのは、普通は、妻のほうだもの」
笑って言う。
その笑いは、ほんの少しだけ乾いている。
その笑いが、昊天の胸を締める。
屋敷で視線を受けるのは、
いつも彼女のほうだ。
“跡取りはまだか”
その言葉は直接言われない。
だが、空気が彼女に向く。
自分ではない。
彼女だ。
彼女は理解している。
この結婚が、
血と家に結びついていることを。
養子の話が進めば、
再び“足りない妻”の位置に置かれることも。
「……俺は」
言葉が続かない。
これまで、手をこまねいていたわけではない。
信頼できる医師の紹介で、しかるべき相談や検査は済ませた。
――数値は問題なし。
医師の声を思い出す。
もし養子を受け入れれば、
妻は形式上、母になる。
だがそれは、“代替”だ。
それでも彼女は、受け入れるだろう。
家のために。
彼の立場のために。
その想像が、耐え難い。
「でも」
妻が、初めて視線を上げる。
静かで、まっすぐな目。
「義務だけなら、もっと楽だったかも」
昊天は動けない。
彼女は、愛してしまったことを責めない。
だが、それが楽ではないことも隠さない。
沈黙が落ちる。
それは拒絶ではない。
弱さでもない。
義務なら、傷つかない。
だが今は、違う。
義務とするには2人は既に近すぎた。




