第4章(3)駒
長老会からの「養子案」という名の包囲網。
その余韻を引きずったまま、昊天と昊明は庭園の東屋にいた。
中秋節の飾り付けがなされた屋敷。ランタンの明かりが、池に反射して揺れている。
「兄さんが夕食会に来なかったから、奥さん年寄り連中から『子ができないのはどっちのせいだ』ってさんざん探り入れられてた」
昊天が目を見開く。全身に血が駆け巡るような気がした。
「家」を旗印に、どこまで土足で踏み込めば気が済むのか。
「ひでえなって思ったけど、俺は、ここでは、部外者だから」
池に映るのは欠けた月。
昊明が足元の小石を蹴る。ぽちゃり、という音が響く。
「あのご老人たちが揃って俺たちを呼び出す理由なんて、一つしかない。
『李家の血を絶やすな』
……で、ターゲットは俺のところの次男坊、ってわけだ」
昊明は自嘲気味に笑い、ポケットから煙草を取り出そうとして、
ここが本宅であることを思い出して手を止めた。
「検討します、ってどういうことだよ。商談の場じゃないんだぞ」
珍しく、語気荒く昊明が問いかける。
「やっぱり汚れ仕事は俺に回ってくるよね」
語気の強さの反面、その目は澄んでいる。
「兄さんを守るために叔父派を監視し、身内の不満を吸い上げ、
今度は自分の息子を『スペア』として差し出せ、か。
李家の後継者……傍系の次男坊には、悪くない話だけどね」
昊天は何も言わない。
昊明の言葉は、皮肉に満ちていた。
だが、それは昊天への攻撃ではなく、自分たちを「部品」としてしか扱わない、
「家」というシステムへの毒だった。
「兄さんはどうするつもり? 長老会はもう、外堀を埋め始めてる。
銀行も譜代も、『直系の安定』を期待している。
兄さんがネクサスなんていう『浮ついた事業』をやるなら、せめて足元を固めろってさ」
「……そのために、お前の息子を駒にしろと言うのか」
昊天の声が低く響く。
昊明はゆっくりと立ち上がり、昊天の正面に立った。
いつもの「弟分」の仮面を剥ぎ取り、一人の父親としての、
あるいは一人の男としての顔で、兄を見据える。
「兄さん。……駒にするなら、自分の手でやってよね」
その言葉は、冷たい刃のように昊天の胸に突き刺さった。
「血を守るためだとか、家のためだとか、そんな綺麗な理由はいらない。
兄さんが、自分の覇道のために、あの子を李家の呪縛に引きずり込む覚悟があるのか。
……兄さん自身が『当事者』として、あの子の人生を奪う決断を下してくれ」
昊明の瞳には、覚悟があった。
兄を守るために自分が汚れる準備はできている。
だが、その決断を、幼い息子に肩代わりさせるつもりはなかった。
昊明は、軽く昊天の肩を払い、屋敷の正門に向かって歩き出した。
一人残された昊天は、拳を固く握りしめた。
誰もが自分に「役割」を求める。
長老は「器」を求め、役員は「象徴」を求め、昊明は「覚悟」を求める。
だが、李昊天という一人の男が、何を望み、何を愛しているのか。
それを問う者は、ここには一人もいなかった。




