第3章番外 「その、ラクロス部だが」
きっかけは些細なことだった。
妻がアルバムを引っ張り出してきたのは、夕食後のことだ。
留学時代の写真だという。
ラクロスのユニフォーム姿の妻が、仲間たちと肩を並べて笑っている。
昊天はそれを横から覗き込み、しばらく、黙って見ていた。
そのとき妻が、一枚の写真を指差した。
「あ、この人男子ラクロス部で。ちょっとだけ付き合っていたの」
昊天の思考が、止まった。
「背が高くてね、エースで——」
妻は楽しそうに笑いながらページをめくった。
昊天は何も言わなかった。言えなかった。
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翌日。
定時を三十分ほど過ぎた頃、菲菲はデスクの上の書類を静かに揃えながら言った。
「明日の朝一番にご確認いただく案件はこちらに。本日分はすべて片付いております」
それだけだった。
昊天は顔を上げ、菲菲を見た。
彼女の表情はいつも通り、何も読めない。
ただ、「片付いた」という事実だけが空気の中に置かれていた。
彼自身、今日何を見ていたかわからなかった。
書類に目を落とすたびに、昨夜の妻の声が戻ってくる。
楽しそうに笑いながら写真を指差す、あの声が。
「……わかった」
昊天は立ち上がった。それ以上ここにいる理由は、確かになかった。
菲菲は深く一礼した。彼女の目が一瞬だけ、その背中を追った。
(何か、あった)
それだけだった。
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小猫が夕食の片付けを終えて一階へ戻ったあと、リビングはしんとした。
妻はソファに落ち着いて、カップの紅茶を一口飲んだ。
夕食の間、昊天はほとんど口を開かなかった。
料理に手をつける速度も、いつもより遅かったような気がする。
食べ終えるとすぐに「少しやることがある」と言い残して、廊下の奥に消えた。
小猫が「旦那様、今日は元気がなかったですね」とぽつりと言った。
そういえば、そうかもしれない。
お茶の二口目を飲もうとしたとき、書斎の扉が開く音がした。
昊天が戻ってきた。まだ十五分も経っていない。
妻は顔を上げた。
昊天はソファの前に立ち、少し間を置いてから言った。
「その……ラクロス部だが」
妻は、一瞬、何の話か分からなかった。
ラクロス部。
——ああ、昨日の。
「……あなた、まだ気にしていたの」
堪えようとしたが、無理だった。口の端が上がり、肩が小さく震える。
昊天は答えなかった。
「ごめんなさい、でも——」
笑いをこらえようとするたびに、こみ上げてくる。
昨夜の昊天の顔を思い出した。
あのとき、何か変だとは思っていたが。
「そんなに気になったの」
「……別に」
「別に、じゃないでしょう」
昊天は視線をわずかに逸らした。
それがまた、妻の笑いに火をつける。
「ごめんなさい、あなた、かわいくて——」
「かわいくはない」
即答だった。
妻は今度こそ堪えきれず、笑い声をあげた。
昊天は口を引き結んだまま、ソファの反対側に腰を下ろした。
妻から、少しだけ遠い場所に。
「……怒った?」
「怒っていない」
「顔が怒ってる」
「怒っていない」
♪書斎に戻って15分、あなた真剣な目をしたから~
仕事と思えばラクロス部なの 星屑ロンリネス
きっと愛する人を大切にして知らずに臆病なのね
兄さん情緒が、乱高下~
すれちがーいや、まわりみーちを
あと何回すぎたら 2人は触れあうの~
タッチ、タッチ、ここにタッチ
あなたからー
手をのばーして受けとーってよ
ため息の数だけ束ねた ばかでかブーケ~♪
ラクロス部のエース vs 覇道総裁。
昊天さんの嫉妬、耐久時間わずか十五分。




