第3章番外 異邦人
(承前)
「昊天、昼は……」
シンガポール。アーロンのオフィスでの打ち合わせ後。
(……って、昊天は昼は食べない主義なんだっけ)
口にして、若干気まずさがただよう。
昊天とこうして仕事をするようになって数年たつが、毎度ランチの誘いを断られているのだ。
(俺もいい加減学習しない男だな)
アーロンは少し後悔した。
「行こう」
「え?」
虚を突かれ、目を上げると昊天がじっとこちらを見ている。
アーロンはあわててテーブルの上のスマホをつかみ、
「ああ、すまない。ではシンガポールらしいランチといこうか」
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オフィス近くのフードコート。
昼下がりの熱気と、油の匂いが混じる。
アーロンは迷いなくひとつの屋台に向かった。
シンガポール名物、海南式チキンライスの人気店だ。
昊天はその後ろに続きながら、足を止めた。
「……システムがわからない」
振り返ったアーロンが、一瞬だけ目を丸くした。
「屋台ごとに別々に頼む。俺が買ってくる、座ってろ」
「……ああ」
昊天は言われた通り、プラスチックの椅子に腰を下ろした。
するとすぐに、エプロンを身につけたおばちゃんがやって来た。
「drink?Teh?Kopi?Ice or hot?」
(飲み物は?紅茶?コーヒー?アイス?ホット?)
昊天は一瞬固まった。
「……」
「Teh-O?Milo?What you want lah」
(ストレートティー?ミロ?で、あんた何にするの)
「…………コーヒー」
「Kopi?Kopi-O?Kopi-C?Ice?Hot?Siu dai?」
(コーヒー?ブラック?ミルク?アイス?ホット?甘さひかえめ?)
「………………」
列の途中でアーロンが振り返ると、昊天が無表情のまま完全に詰められていた。
周りのサラリーマンたちの注目の的だ。
アーロンは列を抜けて戻ってきた。
「Kopi-O peng」
(ブラックのアイスコーヒー)
おばちゃんはさっとメモして去っていった。
昊天は無言だった。
一拍置いて、
「……助かった」
アーロンは笑いをこらえながら列に戻った。
実は『市場が息を呑む朝』の回で、噂となっていた正体不明のホワイトナイトこそが彼、アーロンでした。
「お前の未来は、俺がこの価格で買い取ってやる」とばかりに、友情を巨額の買い注文という、世界で最も重く誠実な「数字」に変えて叩きつけたアーロン。シンガポールのホーカーでのコピ(コーヒー)の注文から、数千億円規模のマーケット・サポートまで、これぞまさに昊天さんが唯一「戦友」と呼べる男です。




