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名と役割のはざまで~覇道総裁中華財閥ロマンス~  作者: Furi0804
第3章 知夏編

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第3章番外 差配/(7.5)

(承前)


夜。


書斎の扉が閉まる直前、昊天が振り向いた。


「今度、シンガポールのファンドの関係者をここに招いて夕食をとることにした。

お前と昊明と四人だ。屋敷の者に応援を頼んで差配してくれ」


説明はない。


だが、“ここに招く”という言葉だけで重みは十分だった。


扉が閉まる。


廊下にひとり残り、小さく息を吐く。


(差配……)


それは、女主人の役目。


---


### 1|菲菲へ


まず声をかけたのは、昊天の秘書の菲菲だった。


「シンガポールの方だと伺いました。食のタブーなど、ご存じでしょうか」


菲菲は即答する。


「アーロン・チャン氏ですね。ネクサス関連で総裁が信頼されている方です」


しばらくパソコンのキーを叩くような音がし、


「シンガポール華人ですから大きな制限はないかと。

以前、李家屋敷にお招きしたこともあります」


少し間があって、


「総裁が私邸に招くのは珍しいことです」


心なしか、身が引き締まる思いがした。


### 2|屋敷にて


その日の午後は、李家屋敷へ出向いた。


「梅さん、少しご相談が」


「まあ、お力になれるでしょうか」


事情を伝えると、老梅は一拍置いてから柔らかく笑った。


「なるほど。ではシェフと使用人を数名出しましょう。

下ごしらえはこちらで済ませ、仕上げはペントハウスで。食器も屋敷のものをお持ちします」


「……ありがとうございます」


「わたくしどもは奥様の“手”ですから。どうぞお気がねなく」


「ありがとうございます。献立は一緒に考えさせてください」


老梅の目が、やわらかく細くなる。


「もちろんでございます」


そして、老梅を伴い、厨房へ。


奥から現れたのは、父の代から仕える料理長だった。


「外国のお客様とのこと。魚中心がよろしいでしょう。

坊ちゃんのお好きな蒸し魚を主菜に」


“坊ちゃん”。


その呼び名に、妻の胸がわずかに揺れる。


「李家の秘伝でございます」


料理長は昔を懐かしむような調子で、


「食が細かった坊っちゃんのために、お小さい頃は先代の奥様がいろいろ工夫をされたものです。

でも、この蒸し魚だけはよくお召し上がりでしたね」


老梅も軽くうなずく。目が少しうるんでいる。


「では、旦那様もきっと満足なさいますね。それを軸に、軽めの中華のコースで」


シェフは即座に組み立てる。


「前菜三種。

 くらげの冷菜、

 鴨のロースト、

 青菜の和え物」


「肉料理はどうしましょうか」


「牛肉は避けましょう。華人でも牛を敬う家系はございますから。

代わりに、皮目をぱりりと焼いた鴨のローストを軽く盛り合わせましょう。

これも、李家の味ですよ」


「スープは?」


「干し貝柱の澄ましスープを小椀で。重くなりません」


「海老はどうでしょう」


妻が口にすると、シェフの目が光る。


「紹興酒蒸しにして、殻をむいてお出ししましょう。

これなら、お話の邪魔になりません」


こうして、献立が“形”になっていく。


「主菜が蒸し魚。

 締めは小さな炒飯か、細麺か」


妻は少し考えた。


「炒飯は重いかもしれません。細麺を少量で」


「承知しました」


「デザートは桂花ゼリーを」


「初夏らしいですね」


梅さんは、やわらかく微笑む。


「坊ちゃん、きっと驚きますよ」


妻は小さく首を振る。


「驚かせたいのではありません。安心してほしいだけです」


「奥様が差配なさる席。必ずよいものになります」


シェフは深く頭を下げた。


---


### 3|外商の劉へ


夕方。次は、百貨店の外商サロンへ電話をかける。


「テーブルフラワーとお酒、そしてお土産をお願いしたいのです」


劉がすぐにメモを取り始める気配がした。


「承知しました。香りは控えめ、色味は白と淡金でよろしいでしょうか」


「はい。華やかすぎず……けれど、冷たくならないように」


「承知しました。ワインはボルドーを一本、赤の——」


「……今回は魚が主役です」


妻は穏やかに遮る。


「ワインは乾杯用に辛口のシャンパーニュを一本。それから、ドライな白を。

あと、紹興酒を少し」


劉の声がわずかに弾んだ。


「かしこまりました。お土産は上質な茶葉をご用意いたします。

軽やかな余韻のものを」


電話を切ると、心が少しだけ整う。


---


### 4|小猫と昊明


夜。


小猫は目を輝かせている。


「奥様のおもてなしデビュー……!完璧にしましょう!」


「完璧でなくていいの。失礼がなければ」


「でも完璧にします!」


勢いに押され、妻は微笑む。


そこへ昊明からメッセージが届く。


> アーロンはいいやつだから緊張しなくて大丈夫!

> 兄さんが仕事モード入ったら俺が止めるし笑


思わず吹き出す。


(本当に、みんなに支えられている)


肩の力が抜けた。


---


###5 整う


数日後。


屋敷から運び込まれた白磁の器。

厨房では蒸し魚の温度が測られ、

桂花の香りが淡く漂う。


シェフとともにやってきた老梅が動線を確認し、

使用人が位置につき、

小猫が最後の拭き上げをする。


誰かが号令をかけたわけではない。


だが、自然に心が揃っている。


その夜。


セキュリティシステムが、あるじの帰宅を告げる。


玄関が開き、

まず昊明の声。


「アーロン!兄さんの城にようこそー」


その後ろから、昊天と、客人。


妻は静かに一礼する。


すべては整っている。


昊天はまだ知らない。


この城が、

すでに自分だけの場所ではなくなっていることを。

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