第3章(11)現場への渇望
#### 【編集会議】
午後の編集会議は、いつもより少しだけ空気が軽かった。
「——ああ、前回のセミナー記事ね」
デスクに置かれた先週号を、デスク長が指で叩く。
知夏は背筋を伸ばした。
「悪くないよ」
「というか、分かりやすい」
隣の先輩がページをめくりながら言う。
「やっぱりさ、こういう“新しい話題”は若い子が書くほうがいいのかね」
「理想論に流れないのがいい」
胸の奥で、小さく息をついた。
——やった。
だが、そこで終わらなかった。
「ただね」
少し年上の記者が、椅子にもたれながら続ける。
「技術系の記事は、ここからが本番だよ」
「セミナーは“入り口”。現場を見ないと、次は書けない」
現場。
その言葉が、妙に重く響いた。
「都市インフラは、紙の上じゃ分からない」
「机上で分かった気になると、すぐボロが出る」
知夏は、何も言い返せなかった。
(……現場)
会議が終わり、席に戻っても、頭の中にはその言葉が残り続けた。
都市OS。
数字の裏側で、街を止めずに回す仕組み。
——それが、実際に動いている場所。
(見たい)
気づけば、それは願いではなく、
渇望に変わっていた。
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翌週、知夏はまた取材申請を出した。
龍騰グループ広報部宛。
対象:ネクサス事業関連インフラ。
返事は、思ったより早かった。
だが、内容は冷静で、丁寧で、そして固かった。
> 「ネクサス事業につきましては、
> 現在、情報管理を厳格に行っております。
> 恐れ入りますが、個別の現場取材はお受けできません」
一行一行が、きれいに磨かれた壁のようだった。
(……やっぱり)
拒絶というより、
最初から通す気のない答え。
セミナーで見た、あの静かな男——李昊天。
彼が築いているのは、こういう壁なのだと、知夏は初めて実感した。
正規のルートでは、近づけない。
(それでも……)
諦める理由には、ならなかった。
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数日後。
編集部のメールボックスに、一通の英文メールが届いた。
差出人名を見て、知夏は一瞬、呼吸を忘れた。
——Aaron Chan.
> I read your report.
> The perspective was good.
(記事読みましたよ。視点がとてもよかった)
短い文。
だが、あのセミナーで壇上に立っていた男の名前だった。
さらに続く。
> There will be an investor briefing at one of the ports
> under Longteng Group.
> If you’re interested, would you like to join?
(今度、龍騰グループ傘下の港湾で、投資家向け説明会があります。
関心があれば、参加しませんか)
投資家向け現場説明会。
取材、ではない。
広報ルートでもない。
(……また、一般参加)
思わず苦笑する。
それでも——
現場に行ける。
都市OSが、実際に回っている場所に、立てる。
知夏は、即座に返信を書いた。
> Yes. I’m very interested.
送信ボタンを押した瞬間、
胸の奥で、確かに何かが動き出した。
正規の扉は閉ざされたまま。
だが、別の入口が、静かに開いたのだ。
——現場へ。
知夏は、その二文字を心の中で反芻しながら、
ノートを鞄にしまった。




