第3章(8)城の来訪者
「奥様、テーブルのセッティングはこちらでよろしいでしょうか」
「お飲み物は、まず何をご用意しましょう」
ペントハウスは、にわかに慌ただしくなっていた。
昊天が、仕事の関係者を自宅に招くという。
李家屋敷ではなく、この「城」に。
(シンガポールからのお客様だと聞いたけど、どういう方なんだろう……)
小猫のほか、李家屋敷から応援にきたシェフや使用人に指示を出しながら、昊天の帰りを待つ。
テーブルの上の花を整えていたとき、セキュリティシステムが、あるじの帰宅を告げた。
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「アーロン!兄さんの城にようこそー」
ドアが開く音がし、まず玄関先で声を上げたのは昊明。
その後から、昊天と、さらに同年代の男性が入ってくる。
「いらっしゃいませ」
「……妻だ」
すると男性はふと口元をゆるませ、
「ああ、あの薔薇の……」
「やめろ」
鋭い口調でさえぎる昊天。
すると昊明が目を丸くして
「え、それなんの話?薔薇って??」
「お前は知らなくていい」
「ええ、俺だけ仲間はずれかよ」
ぶつぶつ文句を言う昊明を尻目に、妻は一行を一階のダイニングに案内する。
この部屋が使われるのは、初めてのことだ。
「久しぶりだね、昊天」
食事の席についたアーロン・チャンは、穏やかな笑みでそう言った。
声のトーンは低く、丁寧だ。
「上海は相変わらず、速い」
「シンガポールだってたいがいだって」
昊明が混ぜっ返す。
それぞれの街や天候の話題などあたりさわりのない会話が続き、主菜の蒸し魚が運ばれてきたころ。
「お口に合いますでしょうか」
「とても美味しい。上海の蒸し魚は本当に香りがいい」
「兄さん、この魚好きなんだよ。屋敷でもよく食べたよね」
「昔の話も聞きたいけど、昊天は語らないよね」
「ほんとそれ!」
昊明が来てくれたおかげで、緊張がほぐれる。
彼の明るさは、場を和ませる。
「今回の上海入り、また新しいアイデアが浮かんだよ」
デザートは、初夏にさわやかな桂花ゼリー。
スプーンでゼリーをつつきつつ、アーロンが軽い調子で聞く。
「都市計画局との調整はいつになりそう?」
「来月には」
食後のお茶を吹き冷ましながら、昊明が妻に小声でささやく。
「兄さんこういう話、家じゃしないでしょう」
たしかに、「企業人」としての李昊天を目にすることはあまりない。
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食事を終え、アーロンは龍騰グループが手配した車に乗り込む。
「奥様にこうしてお会いできて光栄でした」
「こちらこそ、どうぞまたいらしてください」
「今度はぜひシンガポールでも。昊天は以前、僕の自宅にも来てくれたね」
「お、いいねえ。みんなで本場のチリクラブを食べに行くなんてどうよ」
ではまた、と近いうちの再会を約束し、車は上海の夜に消えていく。
昊明も、自宅に戻るという。
ペントハウスに戻るエレベーターの中は、二人きり。
「素敵な方でした」
「彼は、信頼できる」
短い返答に、夫の本音を感じた。




