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名と役割のはざまで~覇道総裁中華財閥ロマンス~  作者: Furi0804
第3章 知夏編

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第3章(5)失敗

陳知夏ちぇん・じーしあは、会見動画を三回止めた。


一回目は、

「龍騰の基幹技術資産は、 本社ではなく、別法人に帰属しています」

その一言で。


二回目は、

質問が荒れているのに、

総裁の声のトーンが最後まで変わらなかったところ。


三回目は、

「——法は、姓を見ません」


(……なんで、こんな言い方ができるんだろう)


彼は逃げていない。

でも、正面からロジックでたたき伏せるようでもない。


「殻上場?」

「RPT?」

「敵対的買収?」


そういう単語が、SNSで金融クラスタの間を飛び交っている。

けれど、彼の言葉の本質はそこにはないように思えた。

もっと先。

街そのものを、どう動かすか。


龍騰グループといえば、建設、不動産、港湾物流、エネルギーなどの分野で、

政府との結びつきを深めて事業を拡大してきた。


その会社の、基幹技術資産?


知夏はノートを開く。

大学時代に叩き込まれた経済モデルでも、

株価の話でもない。


27歳の彼女にはわかる。

これは「企業価値」の説明じゃない。


時代の設計図だ。


——未来のインフラは、

——人の生活は、

——都市は、誰のものになるのか。


スマホに、故郷の母からのメッセージが溜まっている。

「彼氏とはどうなった?」

「いつ結婚するの?」


知夏は母の問いに既読をつけ、適当なスタンプを送る。

そして、もう一度動画を再生した。


いまは恋人の話をしている場合じゃない。


この人が見ている“次の時代”に、

少しだけ、触れてみたい。


*****************


街を歩くのは好きだ。特に、柔らかな緑が芽吹く春は。

お気に入りの曲をイヤホンで聴きながら、フランス租界・武康路を歩く。

プラタナスの並木道は、上海で一番のお気に入り。

地方育ちの自分が、一気に都会っ子になったような気分になる。


歩道の向こうから、男女連れが歩いてくるのが見えた。

どちらもすらりとしていて、いかにも上海の若手富裕層という感じ。

男性のほうがポケットからキーを取りだし、

近くに停めてあったポルシェ・カイエンを解錠する。

すれ違おうとした瞬間、目を疑った。


(まさか、李総裁……?)


昨年、李総裁夫妻を遠目から見かけたことがあった。

先輩の代わりに取材した、龍騰グループのチャリティーガラ。


まぶしいフラッシュの中、総裁は妻をエスコートし、

周囲と笑いさざめく。


映画のように完璧なカップルに見えた。


「龍騰の、李総裁……?」


声に出した瞬間、少し後悔した。

半歩後ろにいた総裁夫人が、わずかに困惑した表情で夫をちらりと見上げる。


「何か?」

冷たい声。

知夏はあわててカバンをかき回し、カードケースを取り出す。

「わ、私、財経通訊記者の陳 知夏と申します!御社のSmart Nexus事業について伺いたくて……」

「取材なら、広報を通してほしい」

「ええ、何度か取材依頼をお送りしました。でも、お返事をいっこうにいただけなくて……」

「では、お話できるようなことは何もないということだ」


にべもない。


総裁は夫人の肩に軽く触れ、車内に促す。

きれいな人。白いワンピースにうすピンクのストールをまとい、

上海に春を呼び込むハクモクレンのようだ。

こういう女性が、覇道の男を射止めるのか……。


「そちらが、噂の奥様……」

「そういう呼び方はやめてもらえないか」


一段と冷たさを増した声。


「私生活を、切り売りするような商売はしていない」


総裁は吐き捨てるように告げ、そのまま車に乗り込み走り去った。


*****************


(うわ、絶対に失敗した……)


車が走り去ったあと、

私はしばらく歩道に立ち尽くしていた。


悪い意味なんて、欠片もなかった。

むしろ逆だった。

きれいな人だと思っていた。

あんなふうに凛としていて、

覇道の男の隣に立てる、大人の女性。


(どうしてあんな顔……)


怒鳴ったわけじゃない。

暴力的でもない。

ただ、明確に拒絶された。


私は記者として未熟だ。

でも、相手の嫌悪くらいは分かる。

さっきのは、絶対に“やってはいけないこと”をした反応だった。


週末に声をかけたから?

奥様って呼び方が失礼だった?

(違う。

もっと……核心に触れた感じだった)

胸の奥がひりひりする。


プラタナスの影が揺れている。

私は、ただ知りたかっただけなのに。

龍騰の未来が、

あの人が考える都市の次の形が、

どうしても気になってしまっただけ。


(取材どうしよう……絶対また先輩に馬鹿にされる)


風が吹き、

プラタナスの葉がぱら、と落ちた。

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