第3章(3)プラタナスの並木道で
###登場人物
◎李昊天
龍騰グループの3代目。覇道総裁と評判のやり手。一方、李家の当主として一族の血やしがらみに抑圧されて生きてきた。そのトラウマで「人を幸せにできない男」と思い込み、感情を閉ざす。 株価防衛戦を経てネットで「ガバナンス魔術師」とバズる。
◎妻
名家の三女として生まれた。留学経験あり、それなりに恋愛もしたが「結婚と恋愛は別」と覇道総裁の妻になった。 両親の仲が冷え切っており、あたたかい家庭への憧れがある。 優しいが他人に踏み込むことも、踏み込ませることもない。 昊天のトラウマに気づきながらも、静かに信じて待つ強さを持つ。
◎昊明
昊天より2歳年下のいとこ(父の妹の子) チャラい見た目・口調だが、根は情に厚い。 昊天とはスイスのボーディングスクールで一緒に青春を過ごした。常に「昊天兄さん」呼び。 龍騰ではリスク管理担当。昊天と対立する叔父派の監視が裏の役割。3人の子がいるイクメン。
◎菲菲
昊天の秘書兼ボディガード。冷静沈着、武道の達人。実は昊天が好き。 昊天の結婚を機に思いを完全封印し、あるじとして仕え続けることを決めるが、心は揺れる。
◎小猫
妻のお付きメイド。妻の実家の使用人で、結婚まで姉妹のように近しい関係だった。しかし、身の回りに人を増やしたくないという昊天の意向で、新居には着いていかなかった。後にペントハウスでの住み込みが許され、昊天夫婦に仕える。
◎水蘭
昊明の妻。年上女房で昊明を尻に敷く。 昊天がスイスのボーディングスクールに送られる前、上海のインターで同級生だった。昊明とは幼なじみから恋愛に発展して結婚した。3児(長女、長男、次男)の母。 昊明とともに昊天夫婦の味方。さばさばした美人で情が深い。
◎陳 知夏
中堅経済誌「財経通訊」の記者。27歳。街づくりやインフラに関心を持ち、昊天のSmart Nexusの取材を希望している。編集部では唯一の若手で、情熱が空回りする場面も。故郷の親に結婚を急かされている。
◎アーロン・チャン
シンガポール出身。 昊天のSmart Nexusに15%出資しているファンドの共同パートナー。 昊天の意図を見抜く洞察力がある。昊天が信頼できる唯一の友人
春。午前中の柔らかい陽差しが、歩道にプラタナスの葉の影を落とす。
フランス租界・武康路の大きな窓があるカフェで、昊天は妻と向かい合ってコーヒーを飲んでいた。
週末とはいえまだ早い時間。通りを行き交う人もまばらだ。
「そろそろ出るぞ」
昊天は妻を促し、店を出る。
長居は無用。どこでどう「切り取られる」かわからない。
プラタナスの並木道を、妻と並んで車まで歩く。
今日は社用車を使う予定はなく、運転手には休暇を出した。
昊天はスマートキーで、車のドアを開ける。
すると、イヤホンをつけた若い女がすれ違いざま、「あっ」と声を上げた。
「龍騰の、李総裁……?」
妻が一瞬眉を寄せ、昊天をちらりと見上げる。
「何か?」
冷たい声。
女はあわててカバンをかき回し、カードケースを取り出す。
「わ、私、財経通訊記者の陳 知夏と申します!御社のSmart Nexus事業について伺いたくて……」
「取材なら、広報を通してほしい」
「ええ、何度か取材依頼をお送りしました。でも、お返事をいっこうにいただけなくて……」
「では、お話できるようなことは何もないということだ」
にべもない。
昊天は妻の肩に軽く触れ、車内に促す。
すると若い女が
「そちらが、噂の奥様……」
「そういう呼び方はやめてもらえないか」
一段と冷たさを増した声。
「私生活を、切り売りするような商売はしていない」
昊天は吐き捨てるように告げ、そのまま車に乗り込み走り去った。
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「財経通訊の陳記者?……いくつか取材依頼がきていた中に、そういう名もあったかもしれません」
菲菲が無表情で答える。
「その記者が、どうかされましたか」
「休日にいきなり路上で呼び止められた」
執務室のソファに陣取った昊明がニヤニヤしながらこちらを見る。
「無礼だ」
「えーべつにーそれくらいいいんじゃないのー?なんせ兄さんは『アジアのお茶の間殺し』なんだし」
「やめろ」
昊天は昊明をにらみつける。
「だってさあ、パパラッチみたいにいきなり写真撮られたりしたわけじゃないんだろ?中堅だけど経済誌だし、付き合ってもいいかもよ」
「そうですね。どういった内容の取材依頼だったか、精査します」
(そちらが、噂の奥様……)
女の顔も覚えていない。そもそも、思い出したくもなかった。




