ヨンヂュウク、もしくは、その果てにあるもの、絶望か希望か。
とにかく私は勇者から逃げ出したかった、いや、勇者を見てしまったという事実そのものから逃げ出しかったのかもしれない、冷静さを取り戻しながらも勇者の「七色の顔」のフラッシュバックに苦しみつつ私は建物の壁伝いに歩き始めた、大きい通りから離れ、人混みからも逃れたが勇者のその存在からは逃れることができない、その事を考え出すとまた私は冷静さを失いそうになるのだ。
しかし、何かを考えなくては私は勇者のその強大な存在感を感じてしまうのだ、そうなれば私はまた恐怖に取り憑かれこの場所で発狂までしてしまうだろう、だがしかし、そうなる訳にはいかないのだ、人生を輝かせるために私は前進しなくてはならない、これはある種の試練なのだ、勇者という存在を克服しなくては私に未来は無いのだ、だがそう考えれば考える程に私の体からは汗が吹き出て緊張感に伴った吐き気を催すようになる。
そして、更に私の中で勇者という存在があまりにも強大になっていくのを感じる、その圧迫感に対して思考と感覚がスパークして火花を散らしているように頭の中がバチバチと痛む、私はジャケットの胸のポケットから“スクリュー・アップ”の包み紙を取り出し手のひらに乗せて吸引した、改めて冷静になるべきであると判断した行動だった、“スクリュー・アップ”の効能で興奮と勇気を得るべきだと考えたのだ、そして、その思考は正しかった、しばらくすると汗は引いて活力が漲って来たのだ、それでも尚、息は荒く勇者の「七色の顔」はフラッシュバックし、私の精神を痛め付けようとする。
私はとうとう人気の無い裏通りの片隅で倒れ伏してしまった、埃臭い路地の臭いが鼻腔を伝わるのを感じる、頬に泥が付いている感触もする、実に不快だ、しかし、立ち上がることができない、抗おうとすればするほどに勇者の「七色の顔」のフラッシュバックが激しく私を責め立て痛め付ける、もはや並みの混頓の効力ではどうにもならない程に私は追い詰められていた。
こうなれば“ラヴ・フラッシュ・フィーバー”を吸引し、トリップさせて意識を解放することでこの場を乗り切るしかないと考えた、しかし、何処の場所も日差しが強く、今ここで“ラヴ・フラッシュ・フィーバー”を吸引すれば私は全身が砂と化して絶命するだろう、何処か日差しの当たらない場所を探すか日が暮れるのを待つしか手は無い、しかし、私には時間が無い、こうして苦しんでいる間にもイベロの混取締やカウレスの警察どもが私を追って来ているかもしれないのだ。
そう言う点でも今の私は根源的な危機を向かえているのだ、二者択一で何処か日差しの当たらない場所を探すしかない、今の私の活路は暗闇の中にある筈である、何処か廃屋のような場所をこの裏通りの一角で見つけるしかない、こんな不潔極まりない場所で倒れ伏して死ぬことなど私のプライドが断じて許さないのだ。
そして、こう言う時だからこそ私は痛感させられる、根源的な危機にありながらも混頓にその活路を見出だす私は心底骨の髄まで混頓中毒者なのだと、やはり私の人生には混頓しかないのだと思わされるのだ、だからこそ、私は立ち上がらなくてはいけない、それらの強い想いから再び私は立ち上がった、そして、壁伝いながらも再び歩き始めた、こうなれば何処でも良い、とにかく日差しの当たらない場所を探すのだ、そう思っていた次の瞬間だった、壁伝いに歩き手を着いた先は木製のドアだった、そのドアが開き私は建物の中に転がるようにして入り込んだ、中は薄暗く埃っぽい場所、廃屋である、偶然という幸運がここで私を救った。
私はまだ終わる人間ではないのだ、私は助かるべくして助かるのだ、埃まみれの床を這いずるように進む、とにかく窓から離れた場所に行って“ラヴ・フラッシュ・フィーバー”を吸引しなくてはいけない、私はやっとの思いで窓の塞がれた薄暗い部屋へと辿り着いた、その部屋の壁を背にして座るとジャケットの胸のポケットから“ラヴ・フラッシュ・フィーバー”を取り出し吸引した、効果が表れるまでの数分の間に勇者の「七色の顔」のフラッシュバックが私をまた苦しめ始めた、耐えるしかない、今はただ耐えるしかない。
そう、やがて来る、視界からは直線が消え、全てが歪んで行くのが分かる、目に写る色彩一つ一つの鮮度が最大限にまで引き上げられて、やがてそれらは一定の規則性を示してから解放されて行くという行為を繰り返していく、ひたすら繰り返される解放に止めどない快感を覚え、感覚は際限無くとろけて行くのだけだ、まるで大海の一部になったかのように、精神は快楽の波そのものとなってただ、ただ波打つ…そこに降り注ぐ鮮烈な覚醒の光…その先に、私は今、いる、勝った…私は勇者の恐怖を乗り越えたのだ、ひたすらに精神の高揚を感じる、光を感じる、そう、この光こそ私が求めていたもの…ではない、全身に走る痛み、これは…日差しだ!日光だ!酩酊の最中に私は移動してしまったのか、いや、違う、“ここ”は全く違う場所である、“ここ”は一体どこなのか!?思わず私は後退りするとそこはまたしても幸運の日陰である、それでも全身が焼ける様に痛む、ここは、何処なのか…




