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ヨンヂュウハチ、もしくは、七色の顔で示せば畜生にも劣る我は狂うダロウ

 アスジャン通りへの道程を人の流れのままに歩く、たったそれだけの事だった、私は何も考えることができない程に“点”であった、過去には何もなく、ただ置き去りにした日々があるだけだ、そして、これと言って胸を張り語れる程の未来も無くただ人波に流されているだけである、この様な“点”の孤独が続けば私は“人生は前進させることで輝く”といった自己のシンプルな人生観に基づいて複雑に狂ってしまうだろう、だからこの濁った孤独に毒される前に勇者の「七色の顔」とやらを拝まなくてはならないと決意したのだ。


 私は自我の伴った行動を欲してその歩みを速めた、人混みの中を流れる淀んだ空気を切り裂くように、道行く人々の体温を振り払うように一歩一歩に意識を持って歩いた、別れを告げたダインの教会からアスジャン通りへは北西へとひたすら進めば良いだけの道程だった、歩くだけ、ただ歩くだけだ。


 よりシンプルに考えてみればこれは比喩的な表現ではなく人生の前進そのものだ、私は安心するべきだ、勇者の「七色の顔」を拝むという目標に向かい私は前進している、私は、今の私は、自己の人生観に基づいて人生に輝きを見出だすべきなのだ、それは自己陶酔や不健全背徳な官能ではなく、ベースボールのような健全な感覚に乗っ取ったものだ、私は目標へ向かい歩み続ける、実にシンプル、ただそれだけのことである。


 そして、その歩みの果てに遂に私はアスジャン通りへと出る事ができた、凄まじいと言える程の人の群れ、人また人、誰もが勇者一行に謁見したくここで群れている、私は何としてでも間近で勇者の尊顔を拝みたく車両通行止の道路際の最前列へと押し入った、まだ、勇者一行はその姿を現してはいないようである、私は待ちきれない想いだった、珍しくそわそわとしだし落ち着きや冷静さを無くしていた。


 勇者だ、勇者の「七色の顔」を拝むことができるのだ、さぁ、勇者よ、私の人生を変えてくれ、私はこれからどうすればいいのか、その尊顔を持って私に標してくれまいかと願った、すると左手からけたたましいディキシーランド・ジャズが鳴り響き光教(オルラレイダ)の僧侶たちが聖水を撒き散らしながら近付いて来るのが見えた、その僧侶の中にはダイン・ロバートソンもいるではないか、彼は私には気付かない様子で聖水で道を浄化しながら歩いていた、するとその後を白馬に引かれた古風な白い馬車に揺られて勇者一行は現れたのだ、遂に対面その時が来たのだ。


 勇者だ、勇者である、そう、その顔は、正しく、正しく「七色の顔」であった、目や鼻や口などは見えなくただそこには漠然と七色に輝く顔がある、あれが勇者の姿なのか、誰もが狂喜乱舞している、勇者に声援を贈り、叫んでは失神する者、ひたすら拝む者、誰もが羨望の眼差しと尊敬の念を示して勇者とその一行を眺めた、私と言えば勇者の「七色の顔」をその目にして思わず涙を流してしまったのだ、深い理由は当の私自身ですら分からない、ただ私は涙を流したのだ、勇者はただその七色の顔の輝きを放ちながら私の眼前を過ぎて行く、あぁ、何と言う事だろう、私の胸に飛来するこの感情は、言葉では言い表せないこの感情は何なのか、ただ、ただ、涙だけが零れて止まないのだ、だとしても勇者は私に示したのだ、その尊顔を持って私の感情に訴えたのだ。


 私は涙を手で拭うとその場にいてもいられずに踵を返して立ち去ろうとした、私は勇者の鮮烈さから逃れるようにカウレスの街の外へと出ようと思ったのだ、私の胸は一杯になっていた、私には耐えられなかったのだ、人の流れに逆行するようにして私は歩き始めた。


 とにかく人の流れの中を逆行した、歩いている最中にも涙が零れ落ちてきては手で拭ってみせた、私はずっと形と名前の無い感情で胸が支配されていた、その中で必死に形を作った感情や思考は事ごく否定され打ち砕かれていった、私は冷静さを完全に失っていた、混乱していた、今までに様々な混頓(ボール)を試して来たがそれの何れにも該当しない感情の揺らぎや心模様にあった。


 この人生とは何なのだろうという想いを成立させた、答えがでなかった、結局勇者が何者なのかも分からなかった、きっと勇者には勇者の才能(ギフト)があったのだろうと思った、少しづつ考えることや思うことができるようになってきた、それでもそれらはちぐはぐとよろめいているものだった。


 やっと人混みを逃れ始めた、私は通りから逃れて裏道へと入った、建物の壁を背にその場で座り込んでしまった、虚脱の蔦が足元から伸びるように私の荒かった呼吸は静かになっていった、やがて私はいつもの冷静さを取り戻し始めた、自分を明確な思考の支配下に取り戻した、しかし、それでも何度も勇者の「七色の顔」がフラッシュバックしては名もなき感情の針が胸を刺し、涙を流させた、私は勇者によって破壊されたのだという感覚を確信した、そう、私は破壊されたのだ。


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