ヨンヂュウサン、もしくは、屋根裏部屋の禁断の中毒者たちの呼吸が鳴り響く夜に
私にせよ、スティーブンスにせよ土曜の夜の混頓会場電撃戦に全てを賭けていた、それほどまでに平日の日々は穏やかものだった、それでも普段から混頓中毒者たちはダインの教会の二階の部屋で屯していた、私やスティーブンスは彼らに混頓を施しながらも金を受け取りつつ、土曜の夜に備えて混頓を仕込んでいた、ダインと言えば昼間は光教の僧侶として勤勉に努めて夜はマリー・ホワイトと一緒に混頓とセックスに耽っていた、ダインの異常性はこういった表と裏を使いこなす所にあったと思う、その点に関してはかのスティーブンスも「真性のイカれ野郎」と表していた。
部屋の隅にあるベッドの上に座っているジョン・ケイヴは我々に翻弄された一人だ、元々はマックス・マスビートの秘書にまでなった男だったが、その野心家っぷりが災いしてマックスに目を付けられた男だった、マックスは「いずれ邪魔になる男だ」と言ってジョンを混頓中毒者にして破滅させてほしいと依頼された、私にすればそれは容易いことだった、ジョンの野心に付け込み、混頓を施してやっただけだった、“スクリュー・アップ”は彼を勇者のような心持ちにさせたが、それ以上に名誉や地位を求めるようになった、やがて彼の求めるものは変わっていった、それが混頓の快感そのものになるのにそう時間はかからなった、マックスが手始めにこの男を破滅させたかった理由など大したものではなかったのかもしれない、ただ私の実力、混頓の効果を知りたくて試しただけであって、その点からもマックスという男、政治家という人種には気を付けて関わらなくてならないと私は考えさせられた。
ジュディとジーンの禁断の関係はどうだろう、ある夜から二人は混頓とセックスで結び付いた仲になったのだが、そんなことはマックスにとってはあまり気にもとめない事のようだったし私やスティーブンスにしてみても用心棒代わりににしていた女が“客”になっただけという話になる、つまりは“何も問題が無い”ということである、また、マックスは時に客を連れてきた、それらは私たちの思惑とは関係の無い人間ばかりで、マックスの何かしらの思惑のあるところから連れてこられたような人間ばかりだった、例えばそれは有名な政治家の息子であったり、夫人であったりと、マックスが中毒者にしたがる人間はどこかきな臭い人間が多かった、 マックス自身の権力はスピアマン家に及ばないものだったが、それでも政治家としてある以上はそこに権力が伴わない筈はないので身近に置いて損はしないと私は考えた。
伝承者は伝承者でしかない、誰かを堕落させるための特殊な能力者ではないのだ、況してや混頓は誰かを堕落させる手段でもないのだ、今まで複数の中毒者を生み出してきた私が言えば意外と思われるかもしれない、だとしてもそうなのだ、私はその事を再確認するように教会の屋根裏部屋に一人で籠り先ほどスティーブンスから貰った“セイレン”を吸引した。
音の流れと時の流れがずれて行くのを感じる、それは反響する度にずれては戻り、ずれては戻りを繰り返す、それ自体が一つのリズムとなって行く、視界に写るものは意味を為さなくなり、ひたすらに音と時の断裂音にリズムが宿り続けては散って行く、その繰り返しの中での感覚を貫くメロディーが聴こえる、視界が砕け散って零れ落ちて行くその音こそがそのメロディーだ、それが“セイレン”である。
スティーブンスという天才の所業なのだろう、全く今までに経験したことがない混頓だ、聴覚に訴えたまま視覚を支配する超感覚と呼べる代物だ、これを作れるのがスティーブンスという男なのだ、やはりあの男に着いてきて間違いはなかったのだと確信できる、一人の伝承者として尊敬に値する仕事を彼はしたと言えるだろう、この妬ましさすら超越する才能と魅力こそが彼の真骨頂とも例えられる、素晴らしい、素晴らしい男である、スティーブンスは。
私が屋根裏部屋から降りてくると周りに中毒者どもはおらず、スティーブンスは一人で酒を飲んでいた、彼は私に気付き振り向くと言った。
「君の“ラヴ・フラッシュ・フィーバー”も素晴らしいが俺の“セイレン”も中々なものだろう?」
「スティーブンス、君は正しく天才だよ」
私がそう言うとスティーブンスはどこか自信に溢れた笑顔を見せた、彼は私に酒を薦めた、私はグラスを受け取り中の酒を飲み干した。
「ジョニサン、俺たちはまだまだ忙しくなるよ」
とスティーブンスが言うと私は
「あぁ、次の土曜の夜の混頓会場電撃戦も成功させないとな」
と言った、その日の夜は二人で静かに酒を酌み交わしたのだった。




