サンヂュウゴ、もしくは、去らば愛しき女よ、我は行く狂人の荒野へ
リトルベルは本当に何もない町だったがそれでもアイリーンの母方の祖母のキャスリンは私たちを快く出迎えてくれた、私たちは心許せる客人を演じるためにキャスリンの持病である膝に治癒魔法を施したりしたし、ちょっとした買い物を手伝ったり、棚の修理などをしてあげたりもした、また、キャスリンは郷土料理で私たちをもてなしてもくれた、特にホンビノス貝のたっぷり入ったクラムチャウダーは格別に旨かった、そんな様子で数日を過ごすとスティーブンスは私にある提案をしてきた、アイリーンをここに置いて私と二人でカウレスの街へと行かないかというものだった、それはアイリーンにはこれ以上は混頓の世界に深入りさせたくはないというスティーブンスの想いからの提案だった、私は「彼女が寂しがるが、いいのか?」と尋ねた、スティーブンスは「ここに居れば彼女はクリーンになれる、俺といても単なる中毒者になるだけだ」と言った、確かにそれはスティーブンスの言う通りだった、私はスティーブンスの提案を飲むことにした。
リトルベルからカウレスの街なら最新のディーゼル機関車に乗ったとしても二日以上かかってしまう道程だったが、それでも私とスティーブンスは伝承者としての立て直しをしたかった、私たちにはそれ以外の人生など考える事ができなかった、また、金なら十分にあった、特にスティーブンスは確りと貯め込んではいた、私とスティーブンスは大金と呼べる額をアイリーンとキャスリンに置いてリトルベルを去る事にした、スティーブンスはアイリーンを愛していたし、アイリーンもスティーブンスを愛していた、だからこそスティーブンスは伝承者としての自分の人生に彼女を巻き込みたくはなかった、逃亡者となった今なら尚更のことである、私とスティーブンスは夜行列車に乗って逃げるようにリトルベルを去った。
カウレスの街は首都のリベロには劣るがサヴァロの街と同等の規模を誇る街だったし、そこでなら伝承者としてやり直せる気持ちもあった、列車の中でスティーブンスは傷心気味ではあったがそれでも互いに酒を酌み交わしながら次のビジネスについて話あったりした、スティーブンスは言った。
「俺がいなくなったらリベロの混頓界隈はお仕舞いだよ、それぐらいの事をやっていた自負心みたいなものはあるよ」
確かにスティーブンスのその自負心は的を得ていた、彼はラニャール地区の北部からセルミーヤ地区のスラムの混頓界隈を征してしたのは事実だったし、この界隈の発神会の混頓のトレンドを一変させたのも彼だった、“チキン・ゾンビーズ”や“偽善者”、“ボディ・トゥ・ボディ”は彼が作ったオリジナルの混頓だ、宗教を超越して何人もの伝承者が彼を慕い、憧れた、マフィアですらスティーブンスのテリトリーを侵す事ができなかった、依然として彼はカリスマなのだ、また、スティーブンスはこうも言った。
「新しい混頓をまた作っている、まだ開発途中だが、名前は“セイレン”、今までにはない画期的な混頓だよ」
と、そして、私に再び提案を持ち掛けたのだ。
「聖竜信仰教にはスペシャル中のスペシャルな混頓がある筈だ、それを売りに出す気はないか?」
その提案に私は心当たりがあったが、快く返事をすることができなかった。
「“ラヴ・フラッシュ・フィーバー”の事か、それはできないよ、この混頓には光教の聖水が必要なんだから」
“ラヴ・フラッシュ・フィーバー”は私が使える五つの混頓の中でも最難度を誇るものだ、魔法のバランスは勿論、生成するには他の宗教である光教の僧侶のみが取り扱うことができる聖水が必要不可欠なのだ、私自信が吸引したこともない聖竜信仰教の特別な混頓だ、根本的に生成不可能な代物なのだ、しかし、スティーブンスは少年のような瞳で私を見つめて言う。
「カウレスの街が何の街か知らないのか?」
この発言に対して私は嫌な予感がした、カウレスの街は光教の聖地と言われる程にその信者と教会が多い街だ、それはつまり聖水を取り扱う光教の僧侶も沢山いるということである。
「光教の僧侶に混頓中毒者の知り合いがいる、そいつに聖水の横流しをさせるんだ」
とスティーブンスは言う。
「そんなヤバい橋は渡れない、ただでさえ逃亡者だ」
「ジョニサン、俺たちが伝承者としてやり直すにはこれしか手が無いんだ」
「考える時間をくれ、カウレスに着くまでに答えは出す」
私がそう言うとスティーブンスは「分かった」とだけ言った。




