サンヂュウシ、もしくは、難題という壁にぶつかる様は猿の如し滑稽なる姿
そんなある日、明らかに風向きが変わる問題、事件が起きた、支払の滞っていたヴィヴィアンがスティーブンスや私以外の伝承者から混頓の施しを受けるためにアーサーを誘惑し、共にベッドの上で混頓を吸引していた際に、アーサーが拒絶反応を示し、そして、そのまま死んだのだ、吸引していたのは混頓中毒者の中でもかなりの上級者向けの“ショック・ハーツ”だったのが不味かった。
この事を知って激怒したのがピートで、彼は弟のような存在だったアーサーの仇を取るためヴィヴィアンを懲らしめようとした、そこに仲裁に入ったのがよりにもよってアルバートだった、アルバートはヴィヴィアンと混頓を共有する仲で肉体関係もある“取り巻き”の一人だった、私とスティーブンスがヴィヴィアンの住むスラムのアパートメントへと駆けつけた時、既に事態は手遅れだった、ピートがアルバートをナイフで刺し殺しており、ピートはその場で血だらけのまま放心状態だった。
最悪な出来事はまだ終わらない、ヴィヴィアンはその場から逃走し、警察へと駆け込んだのだ、更には私やスティーブンスといったスラムの伝承者のネットワークを全てばらして自分だけ混取締の手から逃れようとしやがったのだった、これにより混取締による本格的なスラムの混頓の摘発が開始された。
混頓取締官、通称・混取締は混頓中毒者とそれを供給する伝承者を取り締まる内国歳入庁の所属の組織で、昨今は勇者と魔王との大戦の影響によって予算と人員が限られてその人数は混頓の分布の規模に対して少数で行われている、混取締の連中はマフィアに所属する伝承者や混頓中毒者を社会における脅威と考えており、供給元であるマフィアや伝承者を厳格に取り締まっていた、私もスティーブンスもマフィアのような組織に所属はしていない伝承者であったが、それでもオリジナルの混頓を発明するようなスティーブンスは目をつけられてはいたし、共に行動する私も同じ様にマークはされていた、また、混取締自体がスラムにおける一斉摘発のチャンスを伺っており、そのチャンスこそが今回のヴィヴィアンの密告だったのだ。
これにはスティーブンスも私も頭を抱えた、しばらくの間は伝承者としてのビジネス活動はできないという事を余儀無くされたのだ、それに伴い私たちはセルミーヤ地区と隣接するラニャール地区の北部にあるスラム一帯から引き揚げる決意をした、また、同じスラムの伝承者仲間であったベテランのジーンが遂に混取締の摘発を受けた夜に、私とスティーブンスとその恋人のアイリーンはラニャール地区の東部にある家を捨てて、イベロの最南端にあるスルカー地区の隠れ家へと逃げたがここが混取締に見つかるのも時間の問題だった、私にせよスティーブンスにせよ岐路に立たされていた、私は首都のイベロを離れる事を提案した、スティーブンスはそれに賛成していたが何処へと逃げるかの議論が続いた、結局はアイリーンの母方の祖母が一人で暮らすヴァニラベルの田舎の町へと身を寄せることとなった。
私たちの行動は迅速だった、ラニャール地区の東部の家を捨てて三日目にはスルカー地区の隠れ家を離れ夜行列車に乗りアイリーンの祖母のいるヴァニラベルの田舎の町へと向かっていた、町の名前はリトルベルといった、町の規模は小さく、首都のリベロで生まれ育ったアイリーンは“帰る”ことを良くは思っていなかった。
「何もない町よ、映画館が一軒あるぐらいの田舎よ、本当に嫌になっちゃうぐらいの田舎なんだから」
とアイリーンは夜行列車の中でリトルベルについて語った、しかし、私もスティーブンスも混取締の手から逃れれば何処でも良かったと思っていた。
二日と半日列車に揺られるだけだった旅は何ら彩りの無いものだった、私もスティーブンスもアイリーンも疲れきっていた、私ちは基本的には終始無言で安いウイスキーや地酒をぼんやりと飲みながら列車の窓の外を眺めて過ごした、その中で考えたことは私のイベロでの生活はラニャール地区の東部の家と北部のスラムのアパートメントの往復で終わった気がしていた、確かに充実はしていたが、目標としていた伝承者としての人生がこんなにも短く呆気なく終わってしまうものなのかと考えていた、しばらくその忙しい日常に相殺されていた私の考え癖が出てきていた、それは同時にこの世界に来てからの私の人生についても考える時間だった、常に活動することで人生を輝かせる筈だった私はここに来て目標を見失ってしまった。




