サンヂュウニ、もしくは、冬の稲妻に貫かれた者を称える者はもういない。
遂にマークライトとウインター・サンダーボルトとの対戦の時が来た、この試合に勝利すればマークライトは念願の「ソリッド・フィスト」のチャンピオンになることができる、男たちが犇めく中で私は試合前にマークライトに話し掛ける事ができた、彼に緊張していないのかと訊ねると威勢の良い口調で「緊張はしていない、ただハイなだけだ」と答えを返してきた、それは私がマークライトに施した“獣の嵐”が効いていることをより確信できる答えだった、私は「だったら勝てるよ、思う存分やればいい」とマークライトの肩を叩いた。
スティーブンスのコールによってマークライトとウインターが男たちのサークルの中心に集められた、その瞬間が直前まで迫っているこの時も会場の男たちは試合を今や遅しと待ちわびて苛立ちを募らせている、会場の空気はまるでジレットのテック・カミソリのように鋭いものになっていた、「Fight!」というスティーブンスの掛け声で試合は始まった、互いの力を誇示するようにマークライトとウインターの両者は雄叫びを上げる、“獣の嵐”の効果で大量のアドレナリンを分泌しているマークライトは痛みに強く、また、事前に施した“スクリュー・アップ”の効果もあってか勇猛果敢にウインターに挑む、一見するとマークライトが押しているように見える試合だが、消耗しているのもマークライトである、ウインターはそれを狙ってここぞという時に鮮烈な一撃を食らわせるつもりなのだろう、しかし、マークライトは疲れ知らずのように攻めまくる、あまりの興奮状態で殴られてもいない左の鼻の穴から流血までしている、これには流石のウインターも何かを察したらしく、防戦一方だったファイト・スタイルから攻撃に転じ始めた、こうなるとその力量の差が見えて来てしまう、マークライトの拳がウインターを捕えること無くかわされ、防がれているにも関わらず、ウインターのパンチは確実にマークライトにヒットしている、しかし、それでもマークライトの勢いは衰えない、それどころかヒットを食らう度に怒りが脳を支配しスピードもパワーも徐々に上がって来ている、遂にはまだ殴られていなかった両方の鼻の穴から流血し始めてきた、マークライトのアドレナリンは限界を超える量を分泌していた、両目の充血も限界を超え、白目が赤く染まっている、そして、その形相は悪魔のようでもある、マークライトの迫真の猛追にウインターは体を引いて手を止めて言った。
「マークライト、止めろ、君はもう限界だ、どんなドーピングをやったのかは分からないが、このままだと君は死んでしまうぞ」
しかし、今のマークライトにそんな言葉は届かない、凄まじい絶叫共に既に戦意を失っているウインターに襲いかかる、遂にはマークライトの拳がウインターを捕えた、しかし、ウインターも一撃程度では倒れない、「愚か者め」と言ってウインターも攻撃を再開し始めた、確実にマークライトのボディを捕えるウインターのパンチ、そして、その脅威は遂には顔面を捕えた、両耳両目からも流血し、吐血までしているが、その状態になっても会場の観衆たちは誰一人としてマークライトを止めない、それどころかかつてないような熱狂と興奮が入り交じり、会場はより血と汗を求め始めた、その時のスティーブンスの無邪気な笑顔と来たらなかった。
“混頓中毒者”の成れの果てに幸福は無い、あるのは孤独な死だけである、だとすれば今のマークライトは幸福ではなかろうか、会場全員がマークライトの狂気に魅入られている、しかし、マークライトはもう駄目だろう、無情にもウインターの拳が確実に彼にヒットし始めた、足はもたつき、パンチにもそれまでのスピードとパワーが見られない、密閉された地下室の会場で大量の汗をかきながら呼吸を荒げて大量の流血をし続けた結果、体から混頓が早い段階で抜け落ちていったのだ、ウインターの最後のパンチがマークライトをのテンプルを捕えようとしたその刹那、私はスティーブンスと目が合って首を横に降った、スティーブンスは依然として無邪気な笑顔のまま、しかし、どこか満足げで恍惚感のある表情を私に見せた、マークライトの体は冷たい地下室の床に倒れ込んだ、ウインターは凄まじい汗をかきながら何とも後味の悪そうな表情のまま勝利のポーズを決めた、観衆の男たちの歓声は凄まじく地下室が揺れているような感覚に陥る程だった。
私は倒れ込んでるマークライトに近付き話し掛けた、しかし、返答は無く、微かな意識を持ってしてただうわ言のように「俺がチャンピオンだ、俺がチャンピオンだ…」と呟くだけだった、スラムの片隅に生きる混頓中毒者のその命の価値は容易く儚いものだ、それでもマークライトは自分は特別な男であると思いたかったのだろう、その成れの果ての姿は壮絶で物悲しいものだった、マークライトは死んだ。




