第92話「受け継がれたヘルメット」
焚き火のまわりに、いつもの顔ぶれが揃っていた。
グラッツは少し居心地悪そうに、地面に座っている。無口だが、何かを考え込むような顔つきだった。
その横で、レムやロッサが薪をくべ、エルは焚き火の熱で小さくあくびをしていた。
神原匠は、静かに腰を下ろした。
「グラッツ」
「……ん」
「ちょっと、これを預かってくれないか」
神原は自分のヘルメットを外した。
東京の現場で使い込んできた、少しだけ塗装の剥げたそのヘルメットを、目の前に差し出す。
「なんだよ、それ」
「現場監督ってのは、ただ指示出すだけの仕事じゃねぇ。誰よりも早く現場に来て、誰よりも遅くまで確認して、ミスもトラブルも全部、まず自分のせいとして受け止める」
「……知ってるよ」
「このヘルメット、現場で何度もぶつけて、泥にまみれて、それでも毎日被ってきた。お守りみたいなもんだった」
グラッツは無言でそれを受け取る。
手袋を外し、素手でゆっくりとその質量を感じるように抱えると、真っ直ぐ神原を見た。
「……俺じゃ、おまえほどにはできねぇかもな」
「最初から完璧なやつなんていない。現場は、経験で積み上がっていく。お前ならやれるよ」
火の音だけが、しばし空気を満たした。
「エル」
「はい、神原さま」
「帰ろう。……俺の現場に」
エルがぴょんと跳ねると、手のひらに乗るように小さな光球になった。
「神原さま、魔力転移陣、発動可能です。いつでも」
「――ありがとな、みんな」
職人たちは、口々に別れを惜しみながらも、無理に引き止めることはなかった。
それが、現場の“卒業”というものだと、彼らなりに理解していたのかもしれない。
最後にグラッツが、握り拳で胸を叩いた。
「俺が、あんたの“段取り”を守る。安全も、整理整頓も。……ちゃんと見てたからな」
「頼んだぞ、“現場監督”」
地面に描いた魔力陣が、淡い光を放ち始める。
焚き火の熱が揺れるなか、神原匠の姿は、少しずつ光の中へと吸い込まれていった。
やがて光は消え、残されたヘルメットの重みだけが、次の現場の責任を語っていた。




