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第91話「それでも、俺には帰る現場がある」

王都の中心部。盛大な落成式が終わり、賑わいの熱が少しずつ収まり始めた夕暮れ時。


神原匠は、城の最上階から街を見下ろしていた。

石畳の通り、広場で遊ぶ子どもたち、忙しなく荷を運ぶ商人――すべてが、彼が見知っていた“現場”とは違う、けれど確かに懸命に動く“人の営み”だった。


「……よくぞ、残っていたな」


静かな声に振り返ると、そこには王が立っていた。


「今宵、改めてそなたに伝えたいことがある」


神原は姿勢を正す。


「そなたの技術と知恵、そして民を導く力……どれも我が国にとって宝である」


王の言葉は、重く、誠実だった。


「頼む。どうかこの国に残り、建築の“司”として我らを導いてほしい。職人たちも、皆、そなたを必要としている」


沈黙のなか、神原はそっと空を見上げた。


夕日が、建物の輪郭を黄金色に照らしていた。

その光の中に、東京の街並みがぼんやりと重なる。

騒がしい現場、うるさいクレーム、気を抜けない工程……それでも、あの現場に戻りたいと思う気持ちは、胸の奥でずっと燻っていた。


「……ありがたい言葉です。けど」


神原はゆっくりと首を横に振った。


「俺には、帰るべき“現場”があります。あっちにも俺を待ってる奴らがいて、まだ終わってない工事があるんです」


王は何も言わず、その顔を静かに見つめる。


「この国は、もう大丈夫です。俺なんかよりずっと優れた職人がいます。アイツらなら、俺が教えたことを引き継いでくれます」


「……グラッツのことか?」


「ええ、あいつは最初こそケンカばっかでしたけど、ちゃんと図面も段取りも、安全も、全部理解してくれました。今じゃ俺より“現場監督”らしいかもしれません」


王は一歩近づき、神原の肩に手を置いた。


「そなたの帰還に異を唱える者はおらぬ。だが、我々はいつでもそなたを歓迎する。“神原匠”という現場監督が築いた礎は、この国に残り続けるだろう」


「……ありがとうございます」


遠くで、グラッツたち職人が火を囲んで談笑している声が聞こえる。

ふざけあいながら、図面を覗き込み、明日の工事の準備をしている姿。

その中に、自分の役目はもう、ない。


エルがぽつりとつぶやいた。


「……いよいよ、ですね」


「そうだな。そろそろ、行くか」


「でも神原さま。あなたがこの国に残した“現場監督”という役職は、きっとこれからも広がっていきます」


「だったら、伝えてやらないとな。あいつに――」


神原は、最後にもう一度、グラッツの方を見た。


「現場は、あいつに任せる」

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