第90話「城は、すべての手で築かれる」
夜明けの王都。まだ陽が昇る前、濃い朝霧のなかで現場が動き始める。
「よし、今日は天守の屋根葺きだ。いよいよラストスパートだな」
神原匠は、遠くから徐々に見え始める城の全貌を見つめながら、静かにヘルメットをかぶった。
この異世界に来て、もう何週間になるのか。言葉も通じず、文化も違うなかで、図面を描き、材料を揃え、工程を組んで、衝突しながらも職人たちと心を通わせてきた。
あの日ケンカした職人頭のグラッツも、今では一緒に図面を囲む仲間だ。段取りの意味を理解し、前工程を整える重要性を現場で叩き込んだ。
「神原、こっちは壁面の飾り仕上げに入る」
「了解! 彫刻班には南面の照り返し注意って伝えてくれ。日中は直射がすごい」
「おう!」
職人たちの呼応が自然と整い、全体の作業がまるで生き物のように流れる。段取り、整理整頓、声かけ、安全確認――どれも日本の現場と変わらない。それでも、そこにあるのはこの異世界独特の“熱”だった。
エルが神原の肩にちょこんと乗る。
「……城が、形になりますね」
「うん。みんなの手でな」
「あなたの魔法も、大きな支えとなりました」
「いや、違うよ。俺はちょっと風送ったり、浮かせたりしただけだ。ほんとにすごいのは、ここの連中だ」
その時、風が吹き、城の最上部にかけられた最後の石材が、職人の手で据えられる。
「……てっぺん、据わったぞー!!」
歓声が上がった。異世界に新しい城が完成した瞬間だった。
王都の広場に設営された式典の場。王族が姿を現し、神原の元へと歩み寄る。
「お前の手腕、まことに見事だった。現場監督……という職能、我らの国に必要なものであると知った」
匠は頭を下げた。
「ありがとうございます」
「どうか、ここに残ってくれ。お前の知恵と経験が、我々に必要だ」
その言葉に、周囲の職人たちも息をのむ。
グラッツが肩を組んでくる。
「おい、ここに残ればいいじゃねぇか。お前となら、もっとすごいモン作れる」
匠は、笑った。迷いは、なかった。
「……俺には、帰る場所がある。まだ、向こうの現場が待ってる」
エルが、にっこりと笑う。
「あなたの旅は、まだ続くのですから」
職人たちが、一斉に拳を上げた。
「神原、ありがとうよ!」
「また戻ってきてくれよな!」
「現場監督ってやつが、何よりも頼りになるってこと……俺たちが証明したな!」
光が差し、匠の体が淡く輝き始める。
「……いくか。次の現場へ」
「はい、あなたの“段取り”が、また世界を変えていく」
こうして、神原匠は異世界最大の建築を完成させ――そして、現実へ帰還する。
その胸に、“仲間”と“建築の魂”を刻んで。




