第82話「施工図のない現場」
「……施工図が、ない?」
「はい……“建物の完成予想図”などというものは、我々には描けぬのです」
目の前の村の大工――といっても、見習い程度の知識しか持たない男は、申し訳なさそうに頭をかいた。
神原匠は腕を組んで、集められた石材と木材、そして不安げに作業を見守る村人たちを眺めた。
(建材はある。材料も豊富だ。……けど、“どう組み立てるか”の情報が、まったくない)
まるで、パーツだけ支給されて説明書のない現場。
現実世界でそれをやれば、間違いなく工事は止まり、最悪は命を落とす事故にすらつながる。
「よし……まずはこれだ」
匠は手近な木炭を拾い、地面にしゃがみ込む。
すらすらと描きはじめたのは、簡素な平面図と、立面図。柱の位置、壁のライン、床面の高さ――。
「これが、“施工図”ってやつだ。ここに描いた通りに組んでいけば、建物は立ち上がる」
「……神の図……!」
「いや、神じゃねぇ。段取りだ。計画だ」
《神原様、“見える化”の第一歩ですね》
「そうだな。俺らの世界じゃ、これがないと仕事が始まらねぇ」
エルは感心したように頷く。
《なるほど……人々の頭の中にある“イメージ”を共有する。これぞ、あなたの世界の“魔法”なのですね》
「魔法じゃねぇっつってんだろ。仕事だよ、仕事」
作業は進みはじめた。
匠は地面に描いた図をもとに、石材の基礎設置位置を定め、木材の長さを測り、余った材料を“捨て場”に分類。
村の若者たちは、その一つ一つに目を丸くしている。
「これが……段取りか……」
「初めて、“全体”が見えた気がする……!」
数日後。
簡素ながらも整った建物の骨組みが立ち上がってきた。
「よし、屋根までいくぞ。今日は小屋組の準備だ」
「神原殿、我らにも手伝わせてください!」
「……ああ。図面通りにいけば、絶対に立つ。安心してかかってくれ」
その瞬間、村に拍手が起きた。
匠は、少しだけ照れくさそうに笑う。
その夜。
焚き火を囲みながら、エルがぽつりとつぶやく。
《……神原様。私、少しずつわかってきました》
「何が?」
《あなたの“指揮”は、魔法よりもずっと、人を動かす力がある。》
「それを言うなら、お前の魔法のほうがよっぽどすげぇけどな」
《いえ……“段取り”という名の魔法も、悪くないですよ》
匠は缶コーヒー――ではなく、異世界の妙に甘い麦茶のような飲み物をひと口飲み、笑った。
「……なら、もうちょい教えてやるよ。“現場監督の段取り”ってやつをな」




