第81話「段取りは、魔法を超える」
その朝。神原匠は、いつもと違う空気を感じていた。
現場に向かう道、いつもすれ違うガードマンの姿がなく、街もやけに静かだ。
「……あれ?」
気づけば、いつの間にか見覚えのない林の中に立っていた。
「おいおい、夢オチか……? いや、違うな……」
スマホを取り出すと、紫の光が強く脈打っていた。
《神原様、申し訳ありません。……一時的に、“私の世界”へ転移していただきました》
「エル!? なんでそんなことが……!」
《急を要する要件がございます。……どうか、こちらを見てください》
エルの導きでたどり着いたのは、瓦礫と化した村の広場。半壊した建物、人々の困惑。
現場監督としての本能が、即座に状況を読み取る。
「これ、地震か? いや……基礎の組み方がまずすぎる。構造もバランスもガタガタだ」
《この村には、“建てる”者がいません。ただ、“直す魔法”に頼っているだけです》
「……なるほどな。全部“あとまわし”で進んでんのか」
匠は、現場に立った。資材の山と工具、そして呆然とする村人たちを前に、いつもの声が響く。
「はい、そこの石材は整理して、基礎部に集めてくれ!」
「そっちの柱材、長さがバラバラだ。使えるのから先に選別な!」
「作業区画は、縄張りで分けるぞ。動線確保を忘れずに!」
エルがそっと呟く。
《……あの姿が、“魔法”に見えるのです。この世界では。》
現場の人々は目を見開き、ただの段取りや指示に驚きを隠せなかった。
「……図面も道具もないのに、建物が形になっていく……!」
「何者だあの男は……!」
夜、簡素な焚き火のそばで、村の長が頭を下げた。
「神原殿……あなたの“導き”は、我々には奇跡のようだった」
「俺はただ、建築の手順を知ってただけです。……魔法じゃない」
「それでも……この村はあなたに救われたのです」
匠は火を見つめた。
「……エル、帰れるのか?」
《はい。任意のタイミングで戻せます。ですが、もう少しだけ……》
「……分かった。もう少しだけ、ここの現場監督をやらせてもらうよ」




