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第80話「監督という名の魔法」

仕事がひと段落した夕暮れ。

神原匠は現場事務所の片隅、誰もいない休憩室のソファに腰を下ろしていた。


スマホの画面がふわりと紫に光る。


《……神原様。少し、お時間をいただけますか?》


「ん、どうした? 珍しく丁寧だな」


《……いえ。最近、ずっと気になっていたのです。》


匠がスマホの画面を見ると、そこには“実体化した姿”のエルが、いつもの小動物のような姿でちょこんと現れていた。


「どうした、真顔で。……なにか、思い出したのか?」


《いえ……でも、“あなたの仕事”について、やっと少し理解が深まってきたのです》


缶コーヒーを片手に、匠は静かに耳を傾けた。


エルは静かに語り始める。


《私のいた世界――そこでも建物は存在しました。ですが、その多くは石を積み、木を組み合わせただけの“直感と経験”の建築です。》


《図面も施工管理もなく、職人の勘と腕に任せるしかない。崩れれば“運が悪かった”で片づけられる。》


「……マジか」


《建築に“全体を見る者”がいないのです。全体を指揮し、工程を組み、図面を読み、危険を先に潰す存在が。》


《あなたたちの言う、“現場監督”という職種が、あの世界には存在しないのです》


匠はコーヒーを置き、真剣な顔になる。


「……それって、かなり危ないんじゃないか?」


《ええ。事故も多く、仮に完成しても、雨漏りや傾きが日常茶飯事。それを“魔法で直せばいい”という文化すら根付いています》


《でも、それは本当の意味で“住まう人を守る建築”ではありませんでした》


エルは、ぽつりと呟く。


《だから私は、この世界に来て驚いたのです。図面があり、計画があり、何よりも現場に“責任を持つ人”がいることに》


「……現場監督ってのはな、“当たり前の責任を背負う仕事”だぞ。誰も褒めちゃくれねぇし、失敗すりゃ真っ先に怒られる」


《ですが、それがなければ、建物は形にはなりません。》


《神原様……私は、あなたの“判断”と“責任”に、魔法を託す価値を感じています》


「……そっか。ありがとな、エル」


その日の夕方。


匠は現場を一周し、誰もいない足場の上で空を見上げた。


完成に近づく建物、見えてきた未来、支えてきた仲間たち。


「……エル、もしおまえの世界に戻れたら、伝えてくれ。“現場監督”って職業は、ちょっとすげぇぞってな」


《ええ。……必ず。》


紫の光が、ほんの少し強く灯った。

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