第79話「ガスの先にある火」
「神原、今日からガス配管、立ち上がるぞ。ガス屋、時間守らねぇから気をつけとけよ」
丸山課長のぼやきは、今日も朝イチで神原の背中を押す。
「了解です。最終立ち上がり、5階キッチンからですね」
「バルブの位置と、天井内ルート、きちんと確認しとけよ。検査厳しいからな」
神原は図面を手に、該当フロアへと急いだ。
※ガス配管工事とは:
建物内で都市ガスやプロパンガスを通すための配管作業。
給湯器やコンロまで“安全に確実に”供給する必要があり、設置位置やルート、換気条件などの精度が問われる。
特に、ガス漏れや引火の危険があるため「ガス検査」や「気密試験」など厳格な検査が求められる。
5階のキッチンスペースでは、ガス業者がすでに準備を始めていた。
「神原さん、天井内、他の設備とルート干渉しそうです」
「ん……空調のダクトがギリだな。おい、市川、天井開口ちょっと広げといてくれ」
「了解っす!」
匠は現場全体を見渡しながら、天井裏の寸法と、他工種との取り合いを調整していく。
しかし――
「……ヤベ。ガスのバルブ、予定より左にずれてるな」
《神原様、どうされました?》
「このままだと、火元からバルブが遠くて手が届かねぇ。非常時に止めにくい」
《火属性の魔法で、仮設コンロの試験を行いますか? 実火力ではなく、擬似炎です》
「なるほど。じゃあ“火の広がり”をシミュレートしてみてくれ」
匠は周囲に誰もいないのを確認し、小さくつぶやく。
「ここに……“火”があったとして」
風が揺れ、そこに淡く赤い光が灯る。魔法で可視化された炎は、壁や天井との距離感をリアルに浮かび上がらせた。
「……やっぱり危ねぇな。設計修正、いれとくか」
昼すぎ、検査のための“気密試験”が始まった。
「神原さん、全ライン加圧完了。……問題なしです!」
「オッケー。じゃあこのあと、遮熱板とコンロ位置の調整いこうか」
「了解です!」
神原は小さく息をついた。
誰も気づかなかった“危ない未来”を、火の魔法で未然に消すことができた。
その夜、事務所で武藤所長が言った。
「ガスはよ、通ったかどうかが見えねぇから怖ぇんだ。最後に必要なのは“人間の目と感覚”だ」
「ですね。……あと、ちょっとだけ魔法も」
「ん? なんか言ったか?」
「いえ、なんでもありません」




