第78話「沈黙の天井」
「神原、そろそろ5階の軽天、貼り始めてるか?」
朝の書類チェック中、丸山課長が目を通しながらつぶやいた。
「昨日でほぼ下地組みは終わりました。今日からボード貼りです」
「なら、施主検査入る前に見とけよ。天井の精度は印象に残るからな」
「了解です」
匠は図面とスケールを持って、5階の静かなフロアへ向かった。
※天井工事とは:
天井は「軽天(軽量鉄骨)」で骨組みを作り、その上に石膏ボードなどを貼る工程。
照明や空調ダクトのルートを確保しつつ、目に見える仕上がり精度も問われる。
特に“目地ライン”や“レベル(高さの揃い)”は、空間の完成度を左右する。
「……静かだな」
作業前の天井下地は、まるで“張り詰めた音のない部屋”のようだった。
ボードを貼ることで、この空間は“音”を閉じ込め、“天井”になる。
「神原さん、おはようございます。ボード、上げ始めますね」
若手職人の市川が、ボードをかついで登場した。
「下地ピッチとインサート、もう一度確認しておけよ」
「っす!」
作業が始まると、空気が緊張に包まれた。
一枚、また一枚と貼られていくボード。
貼り目のライン、ビスのピッチ、照明穴の逃げ……
どれもわずかなズレが“違和感”として目立ってしまう。
「……ちょっと歪んでるな。右が2ミリ落ちてる」
匠は脚立を上って指差した。
「マジすか!? レーザーで合わせたんすけど……」
《僅かな下地のたわみが、吸音材の重みで再変形しているようです》
「エル、レベル補正の魔法、頼めるか?」
《承知しました。“水平保持・小範囲” 発動》
微かな光がボード周辺に走り、ゆっくりとレベルが整っていく。
職人たちは気づかないまま作業を続けていた。
作業を終えた午後。
天井から吊るされた照明のラインが、美しく通っていた。
空調ダクトや点検口も、誤差なくぴたりと納まっている。
「……音が違うな」
匠が手を叩くと、音がやわらかく天井に吸収された。
《正しい“沈黙”です。これは、施工精度の証です》
「ふっ……静かすぎて、逆に落ち着かねぇな」
そう言いつつも、匠の顔には満足げな笑みが浮かんでいた。
その夜、事務所で武藤所長が一言つぶやいた。
「天井ってのは、目立たねぇけど……人の記憶に残るもんだ」
「ですね。見上げたときに“安心できる空間”が作れたと思います」
「その感覚、大事にしろよ」




