第76話「軽い壁こそ、重い責任」
「神原、今日からALC搬入始まるぞ。建て込みとアンカー確認、忘れるなよ」
朝、丸山課長が詰所に現れ、書類をひらひらさせた。
「了解です。レッカーのルートももう押さえてます」
匠はヘルメットを被り、外へ出る。
空は快晴。風も穏やかで、作業には申し分ない一日だった。
※ALC工事とは:
ALCとは「Autoclaved Lightweight aerated Concrete」=高温高圧で蒸し焼きにした軽量気泡コンクリートパネルのこと。
主に外壁や間仕切りに使用され、軽量かつ断熱性・耐火性に優れている。
ただし搬入・設置・アンカー施工の精度が求められ、施工ミスが命取りになる。
3階の外部足場にて、ALCパネルの建て込みが始まった。
「アンカーの下穴位置、もうちょい下っすね!」
「慎重にいけよ、割れたら交換できねぇぞ!」
職人たちは寸法を慎重に測り、金物の調整を何度も繰り返す。
「……風が少し出てきたな」
匠は足場の上で空を見上げた。
クレーンに吊られたALCが微妙に揺れている。
《揺れの振幅、計算されていません。無理に吊り込み続けるのは危険です》
「エル、いけるか?」
《風の“反対流”で揺れを相殺……やってみます》
匠は誰にも気づかれないように、そっと手をかざす。
(南からの風を、北からの微風で押さえるイメージ……)
ふわりと、ALCが揺れを止めた。
クレーンのオペレーターも「今の、神業か?」とつぶやくほどだった。
「神原さーん! あと4枚で今日の分終わります!」
高槻が下から叫んだ。
「ヨシ、養生忘れんなよ! 水引きすぎると接着不良になるぞ!」
ALCの設置が進み、アンカーと下地の接合が終わる頃、急に一枚のパネルがずれた。
「おい! ズレてんぞ、そのまま打つな!」
匠がすかさず指示を飛ばし、金物調整と接着剤の再塗布で対応する。
作業が終わった頃、日が傾きはじめていた。
「神原さん、これって……どうしてそんなにズレがわかるんですか?」
「目利き……って言いたいけどな。勘と経験だよ」
匠ははにかんで笑う。
だが、ポケットの中のスマホから、エルの小さな声が響く。
《視覚強化魔法、0.2度の傾きまで認識可能でした》
「……そこは黙ってろ」
事務所に戻ると、武藤所長が待っていた。
「おう、神原。ALC、よくまとめたな。職人も安心してやれてたぞ」
「ありがとうございます」
「……こういう、見えねぇ仕事が、いちばん評価に繋がんだ。自信もて」
匠は背筋を伸ばして一礼した。
その夜。
スマホの中のエルに語りかける。
「軽い材料に、こんな重い責任があるとはな」
《人の目に触れにくい壁ほど、守る力を宿す。そういうものです》
「現場ってのは、派手じゃない。でも……守ってるって、やっぱりカッコいいよな」




