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第75話「しみこませない、未来のために」

「神原、今週から屋上の防水入るぞ。天気と気温、しっかり読めよ」

朝、丸山課長がいつものように書類を片手に言った。


「了解です。防水は一発勝負ですからね」


匠は気を引き締める。

防水工事、それは“目立たないが、失敗が許されない工事”の代表格だった。


※防水工事とは:

建物の屋上・バルコニー・浴室・庇などに、水の浸入を防ぐための膜(防水層)を形成する工事。

下地の乾き具合、天候、施工タイミング、すべてが重要。

わずかな雨水でも不具合の原因となり、完成後の雨漏りの原因になる。

やり直しが効かないため、現場監督の段取りと判断が問われる工種のひとつ。


「神原さん、昨日の夕方ちょっと降ったじゃないですか? 下地、乾いてない気がするんですけど」


防水業者の職長が不安そうに言ってくる。

確かに昨日は夕立があった。目視では乾いているように見えるが、内部の水分まではわからない。


「……エル、いけるか?」


《“水の気配”を視る魔法、“水霊探知”なら……》


匠は誰にも見えないように、屋上の片隅に立ち、そっと手をかざす。


「水霊探知」


すると、目には見えない微細な蒸気の流れが、床の一部にとどまっているのがわかった。


(やっぱり……まだ、ちょっと水分が残ってる)


「職長、すみません。今日の防水、午後にスライドしてもらっていいですか? まだ微妙に湿ってる」


「了解っす。早めに気づいてもらって助かりました」


匠は、現場事務所に戻りながら呟く。


「こういう時こそ、魔法が“ただの補助”で済んでるのがありがたい」


午後、太陽が照りつけ、下地が十分に乾いたのを確認したうえで、防水施工が始まった。

今回はウレタン防水工法。液状のウレタンを塗り重ね、防水層を形成するタイプだ。


ローラーを転がす職人の手は慎重で、無駄がない。

2層目の塗布に入る前、匠はそっと“風”を送り込んだ。


「微風でいい。均一に、早すぎず、遅すぎず……」


熱風ではなく、あくまで“空気の循環”レベル。

表面の硬化を少しだけ促進するための、ささやかな補助だ。


「神原さん、今日は完璧でしたね」


「天気も読めたし、段取りもバッチリでしたね」と高槻が声をかけてくる。


「いや、まだ仕上げのトップコートが残ってる。あれで仕上がりが決まる」


作業が終わった夕暮れ。

屋上から見下ろす現場は、静かにその日の終わりを迎えていた。


「……この防水が、10年後、20年後も暮らしを守ってくれる」


《魔法では防げない“年月”に耐える仕事。それが防水、ですね》


「そう。ここだけは、魔法じゃない。人の手の積み重ねだ」


匠はそう言って、深く息を吐いた。



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