第74話「天井の裏に、未来が通る」
「神原、明日から本格的に設備屋と電気屋が入るぞ。墨出しのチェック、忘れんなよ」
朝の事務所で、丸山課長がいつもの口調で言う。
だが、声にはいつも以上の重みがあった。
「ここからは、天井の裏で“未来”を通す仕事だ。油断するな」
※建物の内部では、天井の裏側に電気配線・空調ダクト・給排水管などが通る。
これらの設備・電気工事は、建物に“命”を与える作業でもある。
電気は神経であり、配管は血管だ。見えない場所にこそ、最も繊細な仕事が求められる。
「神原さん、空調ダクトの通り道、梁と干渉してます。どうします?」
設備屋の職長が、天井裏の図面を片手に苦い顔で言う。
図面と実際の納まりが違うのは、現場あるあるだ。
「……ちょっと待って。梁下高さ、現況で測ってみるか」
匠は即座にレーザーを取り出し、周囲の職人に指示を飛ばす。
「空調ダクトは50ミリ下げよう。代わりに電気のケーブルラック、支持金物をL型からCチャンに変更して再配置する」
「了解です!」
「……エル。干渉の調整って、異世界にもあるのか?」
《ありますよ。建築に“ぶつかり”はつきものです。それをどう収め、どう通すか――それが“設計を超えた技”です》
「こっちは図面に魔法はかけられないからな……でも、少し手助けしてくれ」
匠は天井を見上げながら、ささやかに風を呼ぶ。
「“循流”」
風がゆるやかに流れ、配管の通気のテストをスムーズに通した。
現場の誰も気づかない、小さな魔法だった。
午後、電気屋の若手が声を上げた。
「神原さん、天井裏にコンジット(電線管)引くとこ、ダクトとカチ合いそうです!」
「よし、こっちで調整しよう。配線ルート変更して、LEDダウンライトの位置も10センチズラす。照度は変わらないはずだ」
「さすがです……!」
現場の空気は張り詰めていたが、同時に少しずつ“建物が生き始める音”がしていた。
ギュイーン、ギュイーン。
インパクトドライバの音が、梁に固定された電線ラックに響く。
「ここは人が目にする場所じゃない。でも“見えない仕事”こそが、建物の心臓なんだよな……」
その日の終わり。
高槻がふと漏らす。
「神原さん……なんで全部わかるんですか? 収まりとか、段取りとか……」
「現場監督ってのはな……全部“見えないもの”と戦う仕事なんだよ。
図面のズレ、気配、危機感……そして未来の暮らし」
高槻は黙って頷いた。
《……そして、見えない“魔法”もですね》
エルの言葉に、匠は静かに笑った。




