表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/101

第68話「組み上がる、空中の足元」

「神原、明日から足場組むからな。南面から先行で立てて、来週の外装に間に合わせろよ」


朝の事務所。課長・丸山のひと言で今日も一日が始まる。


「了解です。搬入は8時、職長会には昨日共有済みです」


「安全管理、気ぃ引き締めとけよ。高所作業は事故が起きると取り返しがつかんからな」


※足場組立とは、建設現場で高所作業を行うための仮設構造物をつくる作業。

パイプや鋼製部材を接続して立体的に組み上げていく。

作業員の命を支える“空中の足元”であり、確実な固定と足元の安定性、安全帯使用などが絶対条件だ。


現場ではすでに、足場資材が山のように積み上がっていた。


「よーし! まず支柱からだ! 水平と垂直はレーザーでチェック! 斜材を固定してぐらつき防止!」


辰巳親方の声が飛ぶ。鋼管がひとつ、またひとつと組み上がっていく。


その下で、若手の市川がやや緊張気味にパイプを担いでいた。


「神原さん……正直、ちょっと足場作業、ビビってます」


「まあ当然だな。最初は誰でも怖いよ。俺も最初、腰抜かしそうになった」


匠は笑ったが、その視線は真剣だった。


上階ではすでに3段目の布板(歩くための板)まで立ち上がっていた。


市川が躊躇しながら昇ろうとしたそのとき――


カタンッ。


何かに躓きそうになり、バランスを崩しかける。


「うわっ……!」


すかさず、手を伸ばしたのは匠だった。


「市川、深呼吸しろ。目を閉じろ。で、ここに立ってるイメージだけ作ってみろ」


「イメージ……ですか?」


「そうだ。立つんじゃなくて、“立ててる自分”を頭に描く」


そう言って、匠はそっと呟いた。


「この現場が、ひとりひとりの重心に気づき、バランスを取り戻せますように。ご安全に――」


《“平衡感覚強化バランス・ブースト”、発動しました》


ほんのわずかに、市川の重心が整い、足元が安定する。


「……あれ? なんか、怖くないです。体が動きやすい……」


「その調子。焦らず、でも臆するな」


作業は順調に進んだ。

風は穏やか。太陽は程よく照っていた。

しかし午後2時ごろ、南面の7段目を組み上げている最中に、にわかに風が強まる。


「おい、上、支柱が揺れてるぞ!」

「斜材締め増し! 養生押さえろ!」


緊張が走る現場。

匠はスマホを手に取り、小さく呟いた。


「エル、“風圧分散”。いけるか?」


《可能です。指定範囲に吹く風の力を拡散し、揺れを軽減します》


「……南面の足場全体に頼む」


その瞬間、吹きつけていた突風がふわっと和らぎ、足場の揺れがピタリと止まった。


「なんだ、風、おさまったぞ」

「タイミングよすぎじゃないっすか? さっきまで煽られてたのに」


「ほら、現場の神様が見てくれてんだろ」

匠はいつも通りの“知らんぷり”を決め込んだ。


作業終了後。

市川は道具を片付けながらポツリと呟いた。


「今日、なんか不思議でした。あの時、落ちる気が全然しなかったんですよ」


「それが、“現場の空気”ってやつだ。慣れたやつが作る空気ってのは、若手にも伝わるんだよ」


「……そういうもんすかね?」


匠は少しだけ笑って、空を見上げた。


“そういうもん”じゃない。

でも、“そういうふうに見せたい”。


魔法の存在なんてなくても、現場はひとりひとりの気遣いで支えられている。

その原則だけは、匠の中でも変わらなかった。


エルが小さく囁いた。


《本当は、魔法を使わずに済む現場が一番素敵ですね》


「まったくだ。でもな、まだその域には達してないのよ。だから、今日も頼むぜ、相棒」


《ふふっ……了解です、神原様》



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ