第60話「墨出しと、鉄筋の魔法補助」
「神原、捨てコン乾いたな。今日中に墨出し、終わらせとけよ」
朝、丸山課長が事務所の扉を開けながら指示してくる。
「はい。測量チームにも連絡して、午前中から入れてます」
※墨出しとは、建物の柱・壁・基礎などの正確な位置を現場に“線”として描き出す作業。
建物の“設計図”を、現場の実寸に落とし込む極めて重要な工程で、
この線を基準にすべての工事が進んでいく。たった1センチのズレが、完成後の大トラブルにつながることもある。
捨てコンの上に打たれた測点をもとに、匠たちは墨つぼを片手に基準線を打ち出していく。
「レベル、OK。スミ打ちます」
ピンと張った水糸を基準に、赤い墨線が現場に走る。
「やっぱ緊張するな、墨出しは。これが全部の始まりっすもんね」
高槻が言う。
「そうだ。設計図が“地面に宿る瞬間”なんだよ、ここが」
匠は腰のポケットからスマホを取り出す。
「エル、“水平・垂直補正”ってまだ使えたっけ?」
《はい。視点補助モードで、わずかな傾斜や角度のズレを自動検知・アラートします》
「よし、じゃあこの“柱芯”の十字、もう一度確認させて」
匠の視界に、うっすらと光のガイド線が浮かぶ。
わずかに角度がズレている位置を、魔法が警告してきた。
「危なっ……助かった。こっち、2ミリずれてた」
「肉眼じゃ気づかねぇな。マジで助かるわ、それ」
墨出しが終わると、午後からは基礎鉄筋の配筋作業に入る。
設計通りにD13~D22の鉄筋を並べ、スペーサーを入れて結束していく。
「このライン、直角曲げだけど寸法合ってるか?」
「うん、拾いはOK。こっちの定着長さも足りてる」
匠は鉄筋配置を見ながら、ふとエルに問いかけた。
「鉄筋の魔法補助って、何か応用あるか?」
《“配筋補助”として、鉄筋の結束を魔力で一時固定したり、組み違いの警告も可能です。ですが――》
「過信するなってことか」
《はい。鉄筋は“人の手”で組むことに意味があります》
「……ああ、わかってるさ。これは“骨”だ。俺たちの手で組むからこそ、建物が生きる」
作業が終わり、夕暮れに差し掛かった頃。
配筋が並んだ基礎スラブに、整然とした美しさが現れていた。
「……魔法が便利でも、やっぱ人の手の仕事はすごいよな」
高槻がポツリと呟く。
「魔法は補助。仕事の主役は、あくまで人間だよ」
匠は少しだけ誇らしげに答えた。




