第53話「“最終チェック”と、新しい現場の気配」
「神原、3階の手直しチェック、今日中に片づけとけよ。明日から内覧対応の準備入るからな」
いつものように、課長・丸山のひと言で朝が始まった。
匠はヘルメットを被りながら、軽くうなずく。
「了解です。今日で最終チェック、全部回ります」
※建物の竣工前には、「手直しチェック」や「是正確認」と呼ばれる工程がある。
各工種の仕上がり状況を確認し、クロスの浮き、建具の開閉、給排水の漏れなど、不備があれば修繕を指示する。
この工程は、建物の“完成度”を決める最後の砦。些細な見逃しが、入居者からのクレームにつながることもある。
高槻と並んでフロアを回る匠は、タブレットで図面を確認しながら指示を飛ばしていく。
「この開口部の縁、少し隙間あるな。コーキングやり直し」
「了解です。あとは……このユニットバス、扉がわずかに斜めです。閉まりが甘い」
「枠が浮いてるな。ビス増し締めと調整、職長に頼んどいて」
一つひとつ、不具合を拾っていく作業は地道だが、現場監督の本領が問われる場面だ。
昼過ぎ、3階西端の角部屋。
匠は天井付近のクロスに手を当てて、わずかな浮きに気づいた。
「エル。見た目はほぼ問題ないけど、下地の浮きが気になる。魔法で確かめられるか?」
《“構造触知”を使います。隠れた躯体のゆがみや、仕上げ材の密着度を感知できます》
匠が静かに手をかざすと、軽い震えが指先に伝わる。
天井材の一部が、下地から浮いている箇所をピンポイントで把握できた。
「……下地だな。浮き幅3ミリくらい。やっぱり感覚だけじゃ限界あるな、こりゃ便利すぎる」
「神原さん、またその妙な“カン”ですか? やたら当たるんですよね」
高槻が苦笑いしながらメモを取る。
「勘じゃなくて……経験値ってやつだ」
「ふーん(どう考えても勘じゃないですよね)」
作業がひと段落し、事務所に戻ると、所長の武藤が声をかけてきた。
「神原。来月から新しい現場、動き出すかもしれん。おまえ、行く気あるか?」
「……次はどんな物件です?」
「駅前再開発の一角。先に古いビルの解体から入る。杭、山留、土工……インフラからフルセットでやるから、なかなか面白いぞ」
「……行きます。面白そうだし、今の現場で“やれること”はもう全部やった気がするんで」
所長は豪快に笑った。
「よし! その心意気、気に入った」
夕暮れの現場。
最終確認を終えた匠は、壁にそっと手を当てた。
「おまえとは、ここまでだな」
《……この現場は、魔力の流れがとても穏やかでした。きっと、いい建物になります》
「うん。ここに住む人が、“この空間好きだな”って感じてくれたら、それが一番だよな」
風が静かに吹き抜ける。
ひとつの現場が終わり、次の現場の“地ならし”が始まろうとしていた。




