第54話「“解体現場”と、魔法の相性」
「神原、解体工事の初日だぞ。気合い入れていけよ!」
丸山課長の声に見送られ、匠は新しい現場へ向かった。
今回は、駅前再開発に伴う商業ビルの解体工事。
築40年のRC造。老朽化が進み、アスベスト除去や仮囲い設置など、慎重さが求められる現場だった。
※解体工事は、建設の第一歩にあたる重要な工程だ。
重機による解体前に、内装解体や設備撤去、アスベスト処理などの「分別解体」を行う。
法令や近隣への配慮、安全対策が特に厳しく、現場監督の神経は普段以上にとがる。
現場に着いた匠を迎えたのは、建物にぐるりと巻かれた白い仮囲いと、養生シートで覆われた足場。
その奥からは、既に天井の内装材を剥がす音が響いていた。
「神原さん! 電気設備、天井裏の配線が思った以上に残ってて、バラしが追いつきません!」
若手の職人が駆け寄ってくる。
「手で切って外せるのはやってるんですが、天井裏に入り込んでるケーブルが全然引き抜けなくて……」
「OK。待ってろ。――エル、応用魔法いけるか?」
《“繊維探知”で配線のルートを視認し、“接触緩和”でケーブルの固着をゆるめることができます》
匠は、天井裏の一点に集中しながら、手をかざした。
数秒後――
「……抜けた! うわっ、さっきまで全然ダメだったのに!」
作業員が驚いた声をあげるが、匠は平然と返す。
「空気の通りが良くなっただけだろ。換気扇も止まってたしな」
「……なるほど?」
高槻が横からそっとツッコミを入れる。
「神原さん、それ換気のレベル超えてません?」
「細かいことは気にするな」
その後も、エルの魔法サポートは地味ながら活躍した。
・壁内の鉄筋探知 → “金属感知”
・残置物に埋もれた配管の確認 → “透視感知”
・空間全体の粉塵量把握 → “空気循環”
特に、狭い空間での解体では、魔法による安全確認が大いに役立った。
昼休み、高槻が缶コーヒーを手に匠に話しかける。
「でも思いますよ。前の現場じゃ、仕上げや仕込みの魔法だったのが、今回は“壊すための魔法”に変わってきてる」
「建築ってのはな、積み上げる前に“ゼロに戻す”作業があるんだよ」
匠は静かにビルを見上げた。
「壊すってことは、残すべきものと、消すべきものを選ぶってことだからな。……魔法の使い方も、問われてくる」
《神原様。魔力の扱いは、建築と似ております。乱せば崩れる、整えれば支える――》
「……だな。エル、俺の魔法も、現場の一部になってきたよ」
その日の記録写真。
匠のスマホに写っていたのは、古い天井が剥がされた解体現場。
だがそこには、風にゆらぐ一筋の光が――まるで、新しい物語の始まりを告げているようだった。




