第51話「魔力伝導体――“異界の資材”を試験施工する日」
「神原、あの木箱……まだ置いてあるのか? 使わねえなら処分するぞ」
朝の事務所で、所長の武藤が腕を組んで言った。
ガタイのいい身体とあごひげが、今日も現場に風格を漂わせている。
「いえ……ちょっと試したいことがあって。使えるかどうか、テストしてみようかと」
「ならしっかり報告書残してくれよ。勝手に組んでトラブったら、俺の責任だからな」
「はい。記録、撮っておきます」
匠は、現場の片隅に仮設の軽鉄フレームを立て、木箱の中身を取り出した。
黒い光沢を持つ、奇妙な断熱材のような素材。
見た目はグラスウールにも近いが、手触りはしっとりとして柔らかく、少し温かい。
高槻が隣で眉をひそめる。
「これ、熱伝導が逆に高そうな気がするんですけど……大丈夫ですか?」
「多分、そういう物理的な素材じゃない。
エル、使い方を教えてくれ」
《“空間の安定化”を意識しながら、壁面に挿入してください。
施工中に力を加えすぎると、構造的な“ゆがみ”が表れることがあります》
「ゆがみ、ねぇ……」
匠は軽鉄下地の中にその素材を差し込み、ボードで塞いだ。
職人がいない時間帯、目立たぬように一枚だけ“異界の壁”が完成する。
作業を終えた直後、スマホの中からかすかに音が鳴る。
《……異界のエネルギー流入、安定化完了》
「それって、何か起きるのか?」
《いいえ。空間自体は正常です。ただ、魔力の通りが良くなりました》
その日の午後。
匠は確認のため、試験施工した壁の前に立った。
ふと、背後から視線を感じて振り向くと、小田切ひかりが書類を抱えて立っていた。
「神原さん? なんか……その壁、不思議な感じですね。空気が違うっていうか」
「……そうか?」
「はい。なんだろう、音の反響が違うというか……ちょっと静かすぎて不安になる感じ」
匠は内心で驚いた。
ひかりは魔法のことを知らない。それでも“この違和感”を感じ取ったのだ。
「そういう感覚、大事にしたほうがいいよ」
「へ? あ、ありがとうございます」
ひかりは小さく首をかしげて、足早に事務所へ戻っていった。
「エル。これ、本当に大丈夫なんだよな?」
《はい。ただし、長期間放置した場合、“空間の重なり”が徐々に拡大する恐れもあります》
「つまり、何かが“こっち側に近づく”ってことか……?」
《はい。魔力の流れを整えると、“向こうの世界”の影響も受けやすくなります》
匠は、完成したばかりの壁を見つめる。
その内側には、確かに“見えない何か”が静かに流れていた。
翌朝。
誰もいないはずの3階で、職人のひとりが呟いた。
「……あれ? この部屋、昨日より広かったっけ?」




