第50話「“予定にない搬入”――迷い込んだのは異界の資材?」
「神原、午前中に資材搬入くるから立ち会っとけよ。いつもの業者だけど、なんか段取りグズってんだってさ」
朝イチ、課長の丸山が紙コップのコーヒーを啜りながら言った。
「了解です。何が来るんですか?」
「ボード一式と、あと軽量下地。3階で天井組む分な。リフトで上げるから、通路空けとけよ」
「はい」
丸山課長はそう言い残して、あっさりと事務所を出ていった。
※軽量下地とは、鉄製の骨組みのこと。
天井や壁の内側に組まれ、そこへ石膏ボード(ボード)などの仕上材が張られる。
骨組みがしっかりしていないと、天井や壁がたわんだり、将来的な事故にもつながる。
見えなくなる部分だからこそ、施工の丁寧さが問われる工程でもある。
匠は現場入り口で搬入トラックを待っていた。
やって来たのは、いつもの配送業者――のはずだったが、どこか様子が違う。
「すみません、神原さんですか?」
「はい、そうです」
「軽鉄とボード、それと……追加でこれも預かってきてまして」
そう言って荷台から降ろされた木箱が、妙に異質だった。
明らかに“建材には見えない”風合いの梱包。ラベルも、印字も、運送会社名すらない。
「……これ、ウチの発注じゃないです。積み間違いでは?」
「いや、確かに宛名はこの現場になってて……たぶん元請けさんのどこかが急ぎで入れたんじゃ?」
そう言って、業者は帰ってしまった。
「高槻、この木箱、積み下ろし頼む。3階には上げなくていい。ひとまず仮置きで」
「了解っす。中、何が入ってるんですか?」
「わからん。とにかく、一旦事務所に運ぶ」
事務所の奥に木箱を運び入れ、匠はスマホを手にする。
「エル、これ……何かわかるか?」
《少々お待ちください……これは、“異界の素材”です。私の世界に存在した“魔力伝導体”によく似ています》
「……異界の、素材?」
《はい。もともと、魔力の流れを安定させる“導体”として使われていた石材です。
ただし、それがなぜ現代の物流に混ざったかは、私にもわかりません》
「まさか……異界の情報が、現実に混ざりはじめてる?」
匠は木箱の側面を指先で撫でた。そこに、明らかに見覚えのある刻印が浮かんでいる。
それは、エルが最初に宿った“転送の印”に酷似していた。
「……こいつを、あの天井に使ったらどうなる?」
《魔力の流れが良くなり、空間の“安定性”が増すでしょう。
ただし、過剰なエネルギーを受けると異界との“重なり”が起きる可能性も》
「重なる……」
匠は、3階の天井を見上げた。そこでは、職人たちがいつも通り軽鉄を組み、GLボードを張っている。
「高槻、この箱、中身が建材として使えそうだったとしても、職人には触らせるな」
「え、わかりましたけど……理由は?」
「なんとなく……“こっち側”のもんじゃない気がする」
その日の作業は問題なく終わった。
だが事務所の片隅に置かれた“謎の資材”は、そこにあるだけで不思議な存在感を放っていた。
匠はそれを見ながら、ぽつりとつぶやく。
「この現場に……異界が近づいてきてるのかもしれないな」
エルの声が、どこか緊張を帯びて返す。
《注意が必要です。魔法は、便利ですが……“境界”を曖昧にする危険も孕んでいます》




