第35話「“忘れられた配筋”と、過去からの警告」
「……ん? ちょっと待て」
神原匠は、型枠大工と打合せをしていた最中、壁際の鉄筋列に目をとめた。
その場所――図面上では開口補強の鉄筋は“存在しない”はずだった。
「なぁ高槻。ここのH配筋、追加の指示出したっけ?」
「いえ、設計からも現場からも聞いてません」
「……じゃあ、誰が?」
鉄筋は、丁寧に結束され、他の構造体とまったく同じ“施工精度”で取りつけられている。
まるで最初から図面にあったかのような……そんな“気配”だった。
《これは……“魔力痕”です》
事務所に戻り、エルに見せた写真に、即座に返ってきた答えだった。
「魔力痕?」
《かつてその場所に、魔法陣の一部が存在していた痕跡です。
物理的に消えていても、“構造物の記憶”が残ってしまうことがあるのです》
「記憶……まさか、建物が?」
《ええ。建物は“現場の記憶”を宿します。特に、魔法が使用された場所は、局所的な歪みや再構成が起こることがあります》
匠は天を仰いだ。
「この場所……誰かが、“前に”使ってたってことか」
夕方。
鉄筋の再確認作業中、ベテラン職人の辰巳がふと口にした。
「そういやここ、昔もなんか変なことあったんだよな」
「変なこと?」
「10年くらい前の現場でな。鉄筋がなぜか何度も“勝手に動いてた”って話があってさ」
「勝手に?」
「誰も触ってねぇのに、昼と夜で向きが変わってたって。最終的には設計ミスってことで通ったけど……」
匠は息を呑んだ。
(10年前……まさか、“前の魔法使い”が?)
その夜。
匠はひとり、件の鉄筋列の前に立っていた。
光魔法をそっと照射する。
浮かび上がる、かすかなライン。
まるで“記憶のような輪郭”が、そこにあった。
「エル……こいつはもう、機能してないんだよな?」
《はい。ですが、注意してください。魔法陣は“残響”のように共鳴する場合があります。
いま触れると、意図しない再発動をする恐れが》
その瞬間、鉄筋列の中央がかすかに揺れた。
「っ!」
匠はすぐさま風魔法で空間を押し返す。
同時に、光属性の“封印術式”を上書きするように展開する。
《緊急対応成功。魔力反応、消失》
「……こえぇよ」




