第36話「建築は、魔法を超えるか」
「魔法じゃなくて、建築で封じたいんだ」
事務所で、神原匠は小さくつぶやいた。
《……それは、なぜですか? 神原様なら、風でも光でも封印可能です》
「でもな、エル。これは俺の現場なんだよ。
魔法でどうにかするのは簡単だ。
けど“建築”で対抗できないなら、俺が“現場監督”である意味がない」
エルはしばし黙ったあと、微笑むように応えた。
《了解しました。では、建築で封じましょう。
……魔法より、ずっと堅牢な、“物理的結界”を》
事の発端は、ある地下階の躯体チェックだった。
施工図にはない「微細なひび割れ」。
放置できるレベルではなかったが、補修だけでは不安が残る。
匠はすぐに構造設計と相談し、補強壁の追加施工を決断した。
「この壁で、“異界の波動”を跳ね返せるなら……」
魔法ではなく、鉄筋コンクリートで。
強度設計と配筋密度、打設順序に至るまで、徹底的に詰めた。
■ 建築現場における“封印”
通常、魔法の封印には「術式」や「魔法陣」が用いられる。
だが現実の建築においては、「コンクリートという物質」が魔力の流れを遮断する性質を持つと、エルは指摘した。
《密閉されたRC構造は、魔力干渉を最も遮断する物理構造です。
つまり、“建築”は最強の魔封じ技術でもあるのです》
「なるほど……だったら、俺たちの土木工事も、意味が変わってくるな」
工事当日。
冬の朝、現場にはピリッとした緊張が漂っていた。
「今日は、魂込めるぞ!」
匠の声に、辰巳をはじめとした職人たちが頷く。
打設が始まる。
ポンプ車から流れるコンクリートが、鉄筋の隙間を満たしていく。
それはまるで、“異界と現実のあいだを埋める”ような作業だった。
午後。打設完了。
匠は配筋密度と結合部の納まりを再チェックしながら、そっとスマホを取り出す。
「エル。反応は?」
《魔力干渉、完全に遮断されています。
神原様……これは、“建築による完全封印”です》
「……やったな」
その顔に、神原匠は初めて“魔法を使わずに勝った”手応えを感じていた。
その晩。
缶コーヒーを片手に、現場の見回りを終えた匠が、事務所の階段に腰掛ける。
高槻がとなりに腰を下ろし、ぽつりとつぶやいた。
「今日の神原さん、なんか……いつもと違いました」
「そりゃそうだ。今日は、“俺の力”で乗り切ったからな」
「魔法じゃなくて?」
「そう。“現場監督”としてな」
しばらく沈黙が流れたあと、高槻が小さく笑った。
「……カッコつけますね、やっぱり」
「だろ?」
ふたりの間に、温かい沈黙が流れた。




