第33話「すべてを“建て直す”ために――封印と再出発」
「……戻ったな」
神原匠は、あらためて今の現場の入口に立った。
タワークレーンが朝の陽に照らされ、外部足場が風に揺れている。
いつもと変わらない、けれど――確かに自分の“場所”だった。
(旧現場は封じた。もう、あれ以上の干渉はない。……たぶん)
胸の内ではまだ揺れていた。
だが、それを“言葉”にはしなかった。
「さて、始めるか」
「おーい神原ァ! 今日中に西面のALC搬入、忘れるなよー!」
高所から、職長の辰巳の声が飛ぶ。
「了解です!」
返事と同時に、背中に何人かの目線を感じた。
その中には、後輩の高槻の姿もあった。
「……何か、あったんですか?」
「ああ、旧現場。ちょっと厄介だったけど、どうにかなった」
「神原さんひとりで処理しすぎですよ」
「……俺の現場だからな」
そう言った瞬間、高槻が少しだけ眉を下げた。
「……そういう言い方、ずるいです」
「……すまん」
だが、次の瞬間にはふたりとも苦笑していた。
■
午前10時。ALC(軽量気泡コンクリートパネル)の荷下ろし。
玉掛けの合図が飛び交い、躯体との取り合いを確認しながら慎重に進める。
ふと、1枚のパネルが風にあおられ、わずかにバランスを崩す――
「……っ!」
匠は反射的に“風魔法”を指先で操作し、空気を押し返した。
ALCは静かに元の軌道に戻り、定位置に据えられる。
だが、誰もその異変には気づかない。
「……ま、これでいいんだよ」
自分にだけ分かる“調整”で、現場の安全を守る。
それが、魔法を持つ現場監督としての“スタンス”だった。
昼休憩。事務所。
ひとりになった匠が、スマホ越しにエルへ語りかける。
「……なあエル。異界の扉って、また開くと思うか?」
《……はい。残念ですが、“あれが最初”ではない可能性が高いです》
「だよな。でも、今回は封じることができた。次も、そうする」
《ご自身だけで背負わないでください。神原様には仲間がいます》
「……仲間、ね。そう思えるようになってきたよ。最近」
午後、KY活動(危険予知)での朝礼。
匠は、少しだけ言葉に重みを込めた。
「昨日のことは話さない。だが、今日の現場は“自分たちで守る”意識で頼む」
それは魔法のことではなく、現場のプロとしての矜持だった。
辰巳が「分かったよ、現場は俺らのもんだからな」と肩を叩く。
若手の市川が「匠さんの目が、今日はちょっと本気っすね」と茶化す。
そして、高槻がぽつりと漏らした。
「なんだかんだで、“現場に帰ってきた”感じですね」
匠は静かに頷いた。
「ああ。ただいま、だ」




