第32話「異界の扉――倉庫に残された魔法陣」
「……ここか」
倉庫の中央、古びた床スラブの一部にだけ、妙な違和感があった。
図面上は単なる補強コンクリート。
だが光魔法「照痕」で見ると、明らかにそこだけ魔力が渦を巻いている。
しかも――“幾何学的な痕跡”が、うっすらと浮かび上がっていた。
《魔法陣……の、残骸ですね。すでに崩壊していますが、干渉はまだ続いています》
「誰が……こんなもんを?」
《わかりません。ただ、これが“扉”であることは確かです》
風が吹いた。
倉庫の中なのに、明らかに“外”の風とは違う流れ。
それはまるで、“どこか別の世界”から吹き込む風のように、冷たく、無機質だった。
「エル、閉じる方法はあるのか?」
《まだ断定はできません。ですが、神原様にしかできない“選択”が必要になるはずです》
「選択?」
《この扉を閉じるには、“代償”が必要です。
魔力の消費ではありません――“記憶”、あるいは“存在の一部”。》
匠は息を呑んだ。
「……それって、俺が俺じゃなくなるってことか?」
《可能性として、ですが》
そのとき――
扉の中心から、“黒い塊”がじわじわと浮かび上がってくる。
形のない影。
だが、確かに“何か”が、あの向こうにいる。
匠は思わず後ずさる。
(これが……異界?)
(俺が、何もできなかった“あの事故”の正体……?)
「クソッ……!」
足を踏み出そうとしたとき、高槻からの着信が鳴った。
《神原さん、そっちの旧現場、やっぱり変です! 同じ影を見たっていう作業員がこっちにも……》
「わかった、高槻。こっちはもう、出すわけにはいかねぇんだよ!」
匠は、ヘルメットを深く被りなおす。
「魔法ってのは便利なもんじゃねぇ。俺にとっては――現場を守る、最後の手段だ」
手をかざす。
風魔法・光魔法・そして、微かに残る土属性のエネルギー。
「まとめて使うぞエル、今この場を“閉じる”!」
《了解! 複合魔法発動、風封光断!》
魔法陣が青白く輝き、黒い影を渦ごと包み込む。
倉庫全体に衝撃波のような風が吹き抜け、照明が一瞬、すべて消えた――
そして、静寂。
扉は……閉じた。
匠はその場に膝をつく。
「……終わった、か」
《魔法陣の痕跡は消えました。干渉レベルも下がっています》
「よし。あとは、もう二度とこんなもんが作られねぇように、封じるだけだ」
その夜、匠は手帳にこう書き記した。
“魔法の力は、確かに現場を救う。
だがそれと同時に、“何かを引き寄せている”気がしてならない。”




