第30話「現場という“最前線”で、俺は立ち続ける」
午前7時。
朝礼前の足場がまだ冷えきった空気に包まれていた。
現場にはいつも通りの音が響いている。
インパクトの打撃音。金属が擦れる音。職人同士のかけ声。
だが、匠の耳には、それが“ひどく遠く”に聞こえていた。
昨日、拾った異界素材の金属片は、いまだ仮囲いの裏で封印されている。
周囲への干渉は最小限で抑えているが、いつ“次の現象”が起きるかはわからない。
高槻が隣に立つ。
「……今朝の墨出し、微妙にずれてました。でも誰も触ってないそうです」
「またか。異界の干渉……徐々に強まってるな」
「このままいくと、いずれ“現実が現場を飲み込む”って感じですね」
「……それでも俺は、ここに立つ」
高槻が一瞬、目を丸くした。
「おまえには、怖くてもいいって言ったけどな。
俺は“怖い”って言えねぇ立場だ。ここが、俺の“最前線”だからな」
その日、現場では高所作業中の落下事故が寸前で回避された。
強風で吊り荷が煽られ、足場に激突しそうになったその瞬間――
匠の風魔法が、無意識のうちに発動していた。
《風を滑らせ、荷を導く》
その一瞬の判断で、吊り荷は寸前で回避され、職人たちは無傷だった。
「今の……まさか、魔法で?」
高槻が小声で問う。
「……反射的に出た。もう、完全に身体が“現場の延長”で魔法を使ってるな」
「それって、いいことなんですか?」
「わからねぇ。でも少なくとも、今のは――助かっただろ」
その日の午後。
現場事務所で、所長の武藤が久しぶりに登場した。
「おう、神原。どうだ現場は。なんか最近、ざわざわしてるらしいじゃねぇか」
「まぁ……いろいろ、起きてます」
匠はあえて深くは言わなかった。
だが、所長は黙ってそれを見抜くように笑った。
「おまえさ、なんか“顔つき”変わったな。
前はもっと、段取りと締切に追われてた顔だった。
今のおまえは、“背負ってる顔”してる」
「……そうですかね」
「期待してるぞ。“その背中”で、現場を前に進めてくれ」
夜。
事務所で一人になった匠は、窓の外のクレーンを見上げながら、エルに語りかけた。
「俺さ、“魔法を使える”ってだけで特別だとは思ってねぇ。
でも、“現場を守れる”なら、何でも使ってやる。
道具でも、図面でも、魔法でも――“全部使って守る”。
それが、俺の仕事だ」
《……神原様。私は、あなたに選ばれてよかった》
匠は少し照れたように笑った。
「選んだのは、おまえの方だろ?」
《ですが、選び返してくださったのは、あなたです》




