第29話「風の記憶、光の痕跡――消えゆくものを拾い集めて」
翌朝。
現場には、また一枚の「報告書」が置かれていた。
【仮囲い裏の仮設トイレが“90度回転”していた。固定はされていたはず】
【職人のインパクトが勝手に動き出したとの証言あり(動画なし)】
高槻がそれを読んで、苦笑まじりに言った。
「もう、オカルトのレベルっすね……」
「オカルトで済むなら、まだマシかもな」
神原匠は黙って図面のコピーを折りたたむと、スマホにそっと語りかけた。
「エル。“痕跡”って、見えるか?」
《はい。“光属性の応用魔法”であれば、魔力の残滓を可視化することができます》
「やってみてくれ」
《ただし――神原様ご自身に“視覚への魔力干渉”を許可いただく必要があります。
一時的に視界に負担がかかりますが、よろしいですか?》
「構わねぇ。見えないものが、いちばん怖ぇからな」
《光魔法・照痕――発動》
匠の目に、現場が“色づいて”見えた。
通常の視界とは異なり、仮囲いの鉄板や足場の柱に、淡い光の線や渦が残っている。
特に4階付近には、“風が巻いたような軌跡”と、強い“干渉の痕”が集中していた。
「ここだな……“あいつ”が通った場所」
光の筋をたどって、匠は足場の隅に落ちていた金属片を拾った。
どこにも見覚えのない形――まるで、この世界に属さない素材のようだった。
《神原様、それは“異界物質”です。微量ですが、こちらの物理法則と乖離した特性を持っています》
「どうする? 危険か?」
《保管は可能です。ただ、長期間この世界にとどまると、周囲の構造物に“歪み”を与える可能性があります》
昼休み。
匠と高槻は、現場の片隅で缶コーヒーを飲んでいた。
「おまえ、怖くねぇのか?」
「え?」
「おれが、魔法でなんとかしてるけどよ。
今、現場に起きてることって、“普通じゃねぇ”だろ。
このままいけば、誰かがケガするかもしれねぇ。最悪、命が――」
高槻は黙ってうなずいた。
「怖いですよ。でも、神原さんが“前を向いてる限り”、俺は一緒に走りますよ」
「……おまえ、変わったな」
「神原さんのせいですよ。あの日、“風が抜けた”時からずっと、俺は思ってた。
この人なら、“見えないもの”とも戦えるんじゃないかって」
その夜。
匠は事務所の机で、小さなメモ帳に何かを書いていた。
「現場で“魔法”を使うってことは、もう“夢”じゃ済まねぇ。
この力で、守れるものを守り切る。……それが、今の俺のやるべきことだ」
《神原様》
「なんだ?」
《私は、この世界に来てよかったと、初めて思えました》
匠は、ほんのわずかだけ笑った。
「おう。じゃあ、もうちょい付き合ってくれよ。まだまだ現場は続くからな」




