第22話「エルの違和感と、過去の記憶」
朝6時30分。現場にはまだ人影もまばらだった。
神原匠は、誰もいない足場を歩いていた。
昨日から、ずっと背中に“ひとつのざわつき”を感じていたからだ。
「……いないな」
風もない、物音ひとつない足場の上。
だけど、確かに“誰かがいた気配”が残っていた。
《神原様》
スマホの中から、エルの声が響いた。
《やはり、ここにも痕跡があります。“揺らぎ”は、この階で一時的に集中していました》
「おまえ……昔の世界でも、こういう気配を感じたことあるか?」
《――はい》
事務所に戻ると、朝礼の準備をしていた小田切ひかりが笑顔で迎えた。
「今日も早いですね、神原さん」
「ああ……なんか、気になっててな」
「現場、何かあったんですか?」
「いや、大丈夫。たぶん」
そう言いながらも、匠の表情には曇りが残っていた。
《神原様。少し、私の記憶についてお話ししてもよろしいでしょうか》
午後、休憩中。匠はスマホを耳に当てながら、静かに頷いた。
《異世界では、私は“観測者”の役割を担っていました。魔力の流れ、気配の偏り、人の意思の濁り――それらを記録し、導く存在です》
「観測者……賢者って、そういう立場だったのか」
《ええ。そして、私が最後に観測したのは、“魔王”ではありませんでした》
「……違う?」
《“異界から来た者”です》
匠の手が止まった。
「それって……俺みたいに、異世界転移してきたヤツってことか?」
《そうです。その者は強大な魔力を持ち、世界を歪ませました。空が裂け、海が逆流し、時が巻き戻るような“崩壊”が始まったのです》
「そいつ……どうなったんだ?」
《……不明です。私はその直後、魂だけの存在となり、気づけばこちらの世界に転移していました》
匠は、現場の鉄骨の梁を見上げながら言った。
「もしかして……あのときのヤツが、今この現場に?」
《断定はできません。ただ、“波長”は酷似しています》
「波長って、魔力の?」
《はい。魔法には“持ち主の個性”が色濃く反映されるのです。その気配が、この現場の空気に混じってきています》
夕方。現場が終わる時間。
匠は、少しだけ口角を上げた。
「つまり、おれの他にも“異世界帰り”がいるってことかもしれねぇってことか」
《その可能性は、あります》
「やべぇな……この業界、ファンタジーすぎるだろ」
エルは、ほんの少しだけ笑った。
《現場は、いつだって“未知”の塊ですから》




