第21話「もうひとつの“気配”」
その日も、現場は通常運転だった。
階段室の仕上げ、タイル職人の手配、資材の検収――特別なことは何もない、はずだった。
だが、神原匠は、朝からずっと“引っかかっている”ことがあった。
「神原さん、おはようございます。タイル職が遅れてるそうです」
「うん、段取り変えるわ。材料は?」
「すでに3階に仮置きされてます」
「……? 誰が?」
「さぁ……っていうか、昨日のうちにあったらしいですよ」
匠は眉をひそめた。
誰が置いたのか分からないはずのタイルが、正確に指定場所に“ピタリと”揃えられていたのだ。
昼、事務所で高槻と打合せをしている最中も、気になっていた。
「なぁ高槻。あのタイル、誰か現場で動かしてたか?」
「いや、職人も設備系も触ってないって言ってます」
「……風か?」
「いや風って、そこまできれいにタイル運ばないでしょ」
高槻はじっと匠を見つめる。
「まさか、匠さん以外に“使える人”が……?」
匠は答えず、静かに頷いた。
15時すぎ。
「神原さん、変なんですよ」
現場の職人が慌てた様子で走ってきた。
「さっき置いといた荷物、勝手に動いてて。足場板、気づいたら3階の端にまとめられてたんです」
「……誰もいなかったのか?」
「はい。ていうか、監視カメラも反応してなかったっす」
夕方、現場が落ち着いたタイミングで、匠はエルを呼び出した。
「エル……お前、何か感じなかったか?」
《ええ。午前中から、断続的に“魔力の揺らぎ”があります》
「揺らぎ?」
《神原様の魔力とは、明らかに“異なる波長”のものです》
匠は立ち上がり、外の現場を見つめた。
すでに日は傾き、足場の影が長く伸びている。
「誰かが……この現場に?」
《まだ特定はできません。ですが確かに、“もうひとりの魔力保持者”がこの現場に足を踏み入れています》
夜、誰もいなくなった現場で――
職人詰所の片隅の窓が、風もないのに“カタリ”と鳴った。
誰かがそこにいたような、ただの気のせいのような――
けれど確かに、神原匠の背中には“視線のようなもの”が残っていた。




