第19話「市川、見ちゃったんすけど!」
「神原さん、今日の2階配管、誰が指示出したんすか?」
「俺だけど?」
「マジすか……いや、あの動き、絶対人力じゃなかったですよ。なんかスーッて……」
「気のせいだろ」
「いやいやいや、あれ絶対動いてましたって。配管!」
現場でひときわ声が大きいのが、若手職人の市川漣だ。
まだ21歳。TikTokとラーメンと新しい工具の話に詳しい。現場ではちょっと軽いけど、覚えは早いし、意外と細かいところを見ている。
そんな市川が、今日――「見てはいけないもの」を見てしまった。
きっかけは、2階の排水立て管工事だった。
現場では設備屋が入っておらず、資材だけ先に納入されていた。
匠は応援で来ていた別チームと段取りを組み、「とりあえず固定位置まで持っておこう」と判断。
だが、搬入スペースは狭く、重量物の運搬は時間がかかる。
匠はヘルメットを深くかぶり、こっそりとつぶやいた。
「“浮遊場形成”、位置指定、下から50センチ浮かせて……」
排水管はゆっくりと空中に浮かび、誰にも気づかれないように壁際へと移動していった。
それを――市川が、“ばっちり”見ていたのだ。
昼休み、詰所。
「神原さん! 今朝、絶対なんかやってましたよね⁉︎」
「してねぇよ」
「いやいやいや、あの配管、ありえない軌道で動いてましたよ! 浮いてたって!」
「重心がうまく合ってたんだろ」
「風でとか言うんすか? また? あれで通ると思ってます!?」
匠は缶コーヒーを片手に、無言で市川の目を見た。
「……あのな。お前、疲れてんだよ。今日は早めに寝とけ」
「うわあああ、そっちの対応⁉︎ 俺、ちゃんと見たんすよ!?」
そのやり取りを、事務所の隅で高槻が静かに見ていた。
「……やっぱり気づいたか、アイツ」
その日の午後。
市川は現場で誰彼構わず言いふらしかけては、高槻に止められていた。
「いやマジで、今日の匠さん、何かすごいことしてたって!」
「市川。黙っとけ。お前まで巻き込まれたくなかったらな」
「巻き込まれ――うわ怖っ!? 高槻さんのほうが怖ぇし!」
夜、誰もいない現場。
匠はひとり、スマホに向かってぼやく。
「エル……やべぇぞ。市川にバレたかもしれねぇ」
《……市川様の“直感力”は、私の予想より高いようですね》
「ていうか、あいつだけだぞ、あんな反応すんの」
《ですが、秘密はもはや“限界”に近づきつつあるのでは?》
匠は鼻で笑った。
「ギリギリのほうが燃えるってな。……ってことで、明日は魔法、ちょっと控えめにするか」
《ご安全に、神原様》




